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2020年07月09日

これからの共同体社会はどのように創られていくのか-6

前回は、「所有」や「支配」という概念が特殊であり、それが婚姻制に強く影響与えたことを述べた。

今回は、当ブログの過去記事から、婚姻制と時代背景を押え、来るべき共同体社会にとってどういう婚姻が望ましいのかを追求したい。

時代背景として、極限的な自然外圧の原始時代、部族やがては国家間の争いが始まった以降の私権(富や身分)を獲得するためのいわゆる私権時代、そして現代において貧困を克服して私権を獲得する圧力が衰弱した時代の、概ね三区分で捉える。

それぞれの時代区分において、どういう圧力がかかっていたか、そして人々は婚姻に対してどういう意識であったか、その具体的な婚姻制度を探る。

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■日本の婚姻史の事例から時代に応じた婚姻制を見る

日本の婚姻史

参照:高群逸枝著『日本婚姻史』
原始(無土器・縄文)・ 族内婚―――――――┬―【群婚】群
原始(縄文・弥生)・・・族外婚―――――――┘       母系氏族

大和〔古墳〕・・・・妻問婚 ―――  ― ―  ―<通い>┬―【対偶婚】父系母所
飛鳥奈良平安(初)・前婿取婚 ――┬婿取婚┘   <群婚的多夫多妻遺存>
平安(中)・・・・・純婿取婚 ―――┤ <住み>  <過渡的父系氏族=氏族崩壊>
平安(末)・・・・・経営所婿取婚―┤
鎌倉南北・・・ ・・・擬制婿取婚 ―┘

室町安土桃山江戸・・嫁取婚―――――――【一夫一婦(蓄妾)婚】父系<家父長>

明治大正昭和・・・・・・寄合婚―――――――【純一夫一婦婚】双系<個人型>

日本の婚姻史は、群婚、婿取式(母系型)、嫁取式(父系型)、寄合式(個人型)の4段階に大別される。
群婚は、族内婚(いわゆる兄妹婚)と族外婚(交叉婚)の二期に分かれる。
婿取式婚姻は、対偶婚――1対1の結合であるが、この結合は弱く、離合不定である。群婚の延長または遺習ともみなすべき多夫多妻的現象の並存を見ることが多い――に比定され、群婚とともに原始婚の範疇に入る。
婿取婚は、古典での代表的婚姻語である「ツマドイ」(奈良ごろまでに支配的に見られる)と、「ムコトリ」(平安から鎌倉ごろまでに支配的に見られる)の二語によって表される妻問婚と婿取婚の二期に分かれる。 妻問婚=通いで夫婦別居のたてまえ。その背後にはヤカラと称する族的共同体が想定される。
婿取婚=狭義の婿取婚で妻方同居のたてまえ。その背後には両親世帯が成立する。 狭義の婿取婚は、以下の4つに細分される。
前婿取婚:大化後平安初までの過渡期における母による婿取り 純婿取:摂関政治の盛行時代、婿取儀式が中央でも地方でも見られる段階で、妻方の父が婚主 経営所婿取:院政期。
自家以外のところに経営所と称する婚礼の場所を設けて妻方の手で婿取婚が行われる。その後新夫婦は新居に移って単婚世帯をいとなむ 擬制婿取:鎌倉から南北朝ごろまで。
夫方の親が別宅へ避居したあとを、妻方の、または妻自身の家として擬制して婿取をするたてまえの婚姻形態。
この期間の各世帯は、前の経営所婚からひきつづいて単婚世帯が多い 嫁取式婚姻は、室町ごろに表面化して確立する。
「ヨメトリ」という婚姻語がこの期にあらわれる。この期で妻は完全に夫方同居となる。だから前代の単婚世帯をすてて、夫方の家父長の族中に同居する俗となる。
嫁取式は夫方の家父長の手によって行われ、夫方が貰い手、妻方が呉れ手という取り引き観念のもとに、嫁は死装束を身につけ、一個の物件と化して略奪される形となる。
寄合婚は、明治維新に萌芽し、昭和憲法後に表面化してくる、近代社会の男女同権的単婚制。 本来ならば大化前の氏族制末期に表面化されなければならない嫁取婚(家父長婚)が、日本では約10世紀もおくれて室町期に表面化した。その約10世紀間、太平洋諸島や東南アジア、台湾等に見られるような原始婚を保持し、しかもそれを徐々に終局へと規則正しく経過させた。

 

ここで極限時代にあたる縄文や弥生としては、母系で群婚とある。まだ共同体が健全に機能していた時代。最大圧力として自然外圧でこれにいかに適応するかが課題であった。ゆえに婚姻も一対である必要もなく、支配や所有という概念すら存在しない。決してこれが野蛮ではないことを念を押しておきたい。部族内婚姻の兄妹婚や部族外婚姻の交叉婚の区分があるが、はじめは集団が接することがなく集団内での兄妹婚であったはずで、集団どうしの協同などが必要な社会になるにつれ交叉婚に移行していったと思われる。

時代が下って、いわゆる私権時代にあたる大和以降、日本でさえ共同体が崩れていく過程を踏む。母系の名残(妻問婚と婿取婚)が薄まっていき、家父長権を前提とし父系(嫁取婚)に移行していく。当然時代の圧力は私権獲得の圧力しかない。婚姻も相手を所有・支配する=独占する意識となる。特に支配階級の貴族、武士を中心に変化し庶民の村に次第に広まっていくこととなった。この時代の末期にあたる市場社会では、独占意識に加えて、恋愛幻想による価値の肥大化が加えられた。

そして現在、貧困の克服により、私権獲得の圧力ももはや風前の灯であるが、管理されるだけの社会の閉そく感だけが蔓延する時代となってしまった。婚姻だげでなくすべてにおいて活力がわかない意識となり、さまざまな理由をつけてかろうじて婚姻に至ることか常となっているのではないだろうか。

 

■婚姻には何が必要か

婚姻の結果としての核家族という場には子育て以外の課題はもはやない。マイホーム幻想は当に消滅し、家庭内暴力、育児放棄、虐待など末期的な現象がますます深刻化していくのが現実である。家庭を築くのではなく、実は主婦にとっても、子供にとっても閉じ込められているだけなのではなかろうか?

歴史的に俯瞰して、全ての課題をその場に包含する共同体を創っていく可能性に希望を見出すしかない。核家族の殻を破る社会的な潮流として、こども食堂など地域をベースに芽が出ている。それを担う人々の現実に対する危機意識、役割意識、充足感が活力となっている。これこそが今後の婚姻制にも不可欠となるだろう。

 

 

 

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