ヒト社会の原型については、人類学や民族学の立場からさまざまな見解が提出されているが、血縁どうしのメスの結合による母系社会がまず成立し、その中に父系社会が胚始したとする「進化主義」の親族理論が有力である（江守）。また、霊長類学の立場からは、伊谷、河合や山極がメスの集団化の重要性を指摘している。なかでも河合は、草原性ヒヒ類をモデルとして、複数オスが入り込む母系的な集団を核とした重層的な地域社会の成立を人類社会の原型としてとらえている。
※上の文中で紹介されている著者と書籍
・江守：江守五夫「母権と父権」
・伊谷：伊谷純一郎「霊長類の社会構造」「霊長類社会の進化」
・河合：河合雅雄「人間の由来」
・山極：山極寿一「家族の起源」　　　　　　　　　　　　　　さいこうさんのエントリーより

さいこうさんのエントリーを読んで、ヒト社会の原型について興味が沸いたので、江守五夫さんの「母権と父権」を読み、ネットで母権制について調べてみました。
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母権制の発見と理論的発展
まず、興味深かったのは、「母権性は19世紀に発見された」ということです。
というのは、西洋では、旧約聖書にもある家父長制的な家族の形態が普遍的な婚姻＝家族の形態と信じられており、学者たちも疑わなかったということです。
それが、1861年スイスのローマ法学者「バッホーフェン」が、古文献学の資料（古典の断片的な記述や神話伝承）から母権制の社会を想定した「母権論」を著し波紋を広げます。
そして、アメリカの民族学者モルガンが、有名な名著『古代社会』（1877）で、北米インディアンの民族学的資料により、母権制を実証しました。
バッハォーフェンの理論を実証的に裏づけたモルガンの学説は多くの支持を受け，なかでも史的唯物論の立場からモルガンの資料を種本にしたエンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』（1884）は有名です。
そして人類社会史の発展において，父権制の前に母権制社会を必然的にたどったとする進化論的理論が一世を風靡しました。
原始母権制への反論
こうした潮流のなかで，最初に母権制説に反論を試みたのはウェスタマークの『人類婚姻史』（1891）です。彼は類人猿の性生活を例証にして，家父長的な一夫一婦制が原始から存し，母系制社会の民族でも家父長的な関係がみられることを述べ，原始乱交・集団婚を否定しました。
またクノーも『オーストラリア＝ネグロの親族組織』（1894）で原始一夫一婦制を主張し，しかも血縁関係が母子関係のみでなく父子関係もたどる双系制について述べました。
そしてグローセも『家族の形態と経済形態』（1896）で，母権制の経済的基盤が未開農耕にあることを明らかにしました。
それらの説を受けてシュミットは『人類発展史』（1910）で、原始一夫一婦制のもとにおける双系制が母権制に先行することと，男子の狩猟や牧畜による家父長的な社会のあと，女性による農耕の開始，すなわち未開農耕文化の段階で母権が発生することを論じました。こうして原始乱交や集団婚説が崩壊しました。
が，そうしたなかでもブリフォートは大著『母性論』（1927）で，原始一夫一婦制を否定して原始集団婚の存在したことを主張した。
参考リンク
こういった文脈の中で江守氏は、1949年「社会組織」でマードックが唱えた、婚姻居住様式の変化によって婚姻様式が決まるという考えに基づいて、下記のように展開しています。
婚姻制の変遷
原始人類は、一定の地域をテリトリーとして放浪生活をしており、男子は動物性食糧を供給し、女子は植物性食糧を調達した。
他集団との接触は殆ど無く、集団内での通婚となる。
外婚制の採用と定住の開始によって父権性に
女の労働（ほとんど幕舎内で行われる）はどこでも変わらないが、男の労働（狩猟や漁労は地域情報に通暁している必要がある）は場所が変わると不利になるため、夫方居住の方が有利となった。
外婚制の採用については、モルガン以降、常に議論されてきたが、いまだに解決しないらしい。江守氏は、近親相姦のタブーが拡大されたと考えている。
定住から農耕活動の開始に伴って、母権制に　
農耕は初期は女が担ったため、次第に妻訪い婚から妻方居住婚に移行。
農耕の発達から男も農耕に従事、主導権が男に移り、父権性に戻る。
それなりに興味深いのですが、彼は、男女関係について強いこだわりがあり、それに基づいて、全ての理論を構築している節があります。
たとえば、近親姦禁忌に対して「最も原始的な段階においてすでに存在していたものであって、ホールド内婚制の段階でも、一定の近親者の間では結婚は禁じられていたのである（p72）と、インセストタブーに対して、その質、意味等を考慮することもなく、ア・プリオリに導入しています。
また、原始人にも恋愛感情があったことにこだわり、北米インディアンの少女の次の詩を引用して、未開人にも恋愛感情があることを示そうとしています。
（この詩は個人的な愛情の発露というより、集団の男への期待を歌っていると考える方が自然です。）

身の丈偉きく　雅な姿は、

丘にそびえる　松の若木ぞ。

獲ものを求めて　山野を駆ければ、

威儀とりすます　鹿にも似たり。

風になびける　黒ずむ髪は、

げに　むくどりの　空に舞うさま。

眼もと鋭く　光を放てば、

鷲のまなこも　かくあるなん。

怖れをしらぬ　不敵な魂、

戦いに征きて　武勇を馳せぬ。

　そして、これからの婚姻制度について、「過去の汚れた一夫一婦制を真にその名に恥じない新しい一夫一婦制へと改めるためには―つまり、婚姻を真に夫婦相互の人格的愛情の上に築きあげ……対等な地位と権利を実際に享受せしめるためには……私有財産制を止揚する以外に」（p247）ない、と。こうして、いかなる経済制度にも根ざさない、道徳の上に根拠を持つ婚姻秩序を展開します。
婚姻制度を巡る議論は、このように価値観に強く影響されるため、現在も混迷が続き、なかなか収束しないようです。