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2009年05月15日

ゲラダヒヒによる初期人類の集団形態の推測vol.1

ゲラダヒヒと初期人類の生息領域が類似していることを、以前【初期人類はどこに住んでいたのか!】で紹介しましたが、初期人類の集団形態や婚姻形態を推測する上で、同じ時代に、同じ地上生活を選択した霊長類として、ゲラダヒヒの婚姻形態、集団形態はどんなものであったか を、『ゲラダヒヒ-けんかぎらいのサルたち』河合雅雄著より紹介させて頂こうと思います。
こうして今回、ゲラダヒヒをピックアップしたのは、サルの中でもかなりゲラダヒヒはかなり高度で複雑な集団形態(重層社会)を構築しているからなのです。
彼らは集団性を強化することで、地上に適応していった種なのです。それは人類と共通する歩みだと感じるところがあります。
それでは500万年前のアフリカ、エチオピアにターイムトラベルGO!です。
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左がゲラダヒヒのオス、右がメスです。%E3%82%B2%E3%83%A9%E3%83%80%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%82%B9.jpg
河合さんが観察していたゲラダヒヒの集団は106頭いました。その中に特に目立つ、大人のオスが8頭いました。よく注意してみると、それぞれのオスには、いつも決まったメスと子供がついています。つまり、1頭の大人のオスを中心に何頭かのメスと子供達による、一つのまとまったグループがあることがわかったのです。このグループの事を【ワンメイル・ユニット】(以後ユニット)と呼ぶことにしました。
ワンメイル・ユニット(中央にオスが一頭、周りはメス)
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ユニットは1頭のオスと1頭メスからなるものから、一頭のオスと8頭のメスがいる大きなものまであります。メスはたいてい1~2頭の子供がいるので、20頭以上になるユニットも存在します。
各ユニットにいる大人のオスは、ボス1頭だけだと思っていたら、もう1頭いることがわかりました。
このオスを、セカンドオスと呼ぶことにします。しかし、いったい彼は何者なのでしょう
子守をするセカンドオス
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セカンドオスはボスの補佐役なのです。他のグループからユニットを守ったり、ボスとメスの喧嘩をなだめたりしているのです。しかし、あまりメスと仲良くしすぎるとボスと大喧嘩になりかねません。だから、そんなのとがないように1頭のメスだけと仲良くすることがゆるされています。
こうしたユニットが幾つか集合してできた大集団を、【バンド】といいます。
ワンメイル・ユニットとバンドの構造
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ユニットは、現代の人間社会での家族のようなもので、バンドというのは家族が集まってできた村のようなものと考えられるのかもしれません。
次にユニットの中で、子供達が成長するとどうなるのでしょうか メスは子供を産んで育てるのが、大切な役目ですから、大人になってもユニットに残ります。しかし、オスは青年になると一人立ちの道を歩まなければなりません。
そうです、ゲラダヒヒは母系集団なのです。
ニホンザルの場合、群れを出た若者は、ヒトリザルになって山を放浪しますが、ゲラダヒヒの若者はバンドの中に残ります。殆どの若いオスは、寄り集まって、オスグループを作るのです。
若オスグループ(弱オスグループ)
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オスグループのオス達は時々遠出をし、隣のバンドに接近することもあります。いつかはボスになってやろうと、ねらっている青年グループなのです。
この他に、オスグループにもユニットにも所属せず、バンドの中で、一人暮らししているオスもいます。こういうオスの内、若い者をジュニアフリーランス、大人をシニアフリーランスと呼んでいます。
シニアフリーランスは、かつてのボスやセカンドオスだったもののようです。
こうして、具体的な中身を見ていくと、とても複雑な集団形態を構築していることがわかると思います。
ユニットのメンバーが、一緒にまとまってかたまっています。%E3%82%B2%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%88.jpg
ひょうが降ったときも、ユニットのメンバーは一緒に抱き合ってしのぎます。
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人類以外にも、このような複雑な集団形態をとっている霊長類が存在する事が、お解かり頂けると思います。しかも多種多様な霊長類の中でもゲラダヒヒは、初期人類と生息域が類似しているようです。
森林を追われ、地上生活を選択した種として、初期人類の集団形態を推測するのに大きな手がかりがありそうです。
次回は、バンド間の縄張り状況を見てみたいと思います。
【ゲラダヒヒによる初期人類の集団形態の推測vol.2】

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comments

>「漢人」とは『漢地の文化を持つ人』という事になります。
なるほどです。その土地の風土・気候が人々の思考の基盤になっているということですね。
北から、南から何度も人々の移動とともに文化が伝わりながら、それらが塗り重なって形成された日本/日本人にも重なる部分がありそうです。
ただし、新しいものを寄せ付けず一つに固執する「漢人」と、新しいものを積極的に取り入れながら柔軟に組み替えてきた「日本人」という、大きな違いはありますが。

  • さいこう
  • 2009年8月8日 23:39

>第6代孝文帝は、都を長城付近の大同から後漢の都であった洛陽に移し、鮮卑語や鮮卑の習俗を捨て、名前までも中国化して、漢人貴族との結婚を奨励した。
支配者層になった孝文帝は、支配者の身分を安定維持する為に、自らの民族「鮮卑族」を捨てたのにはビックリです。
支配者が、自分の民族を捨てて同化する(=漢民族になる)などと言う政策は、初めて聞きました。
『同化政策をもって「ウイグル族」をなくしてしまう政策』は、鮮卑族の孝文帝の政策に端を発するのかと、妙に感心しました。
『漢民族≒中華の国を維持する為には、民族など不要である』という意識は、中華文化そのものなのですね。

  • アンニョン
  • 2009年8月10日 10:25

コメントありがとうございます!
>さいこうさん
確かに「日本人」の新しいものを柔軟に受け容れる。という状況は、以前にも仲間と追求をしましたが未消化です。
漢人との比較で何か見えるかも知れません・・・。
>アンニョンさん
孝文帝の同化とウイグルへの同化政策とは、そのアプローチからしてまったく異なるのだと思います。
政策の発想自体は「同化(混血)」という意味で共通しますが、支配色を強く感じますね。

  • minene71
  • 2009年8月18日 23:16

共同体社会と人類婚姻史 | 中国の同化政策=婚姻政策とは?~漢民族という幻想~

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