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2009年05月16日

ゲラダヒヒによる初期人類の集団形態の推測vol.2

【ゲラダヒヒによる初期人類の集団形態の推測vol.1】では、その高度な集団形態【バンド社会】を見てきましたが、今日はそんなバンドが別のバンドと遭遇したらどうなるのか バンドとしての縄張りや領域はどの様になっているのか 見て行きたいと思います。
今日も引き続き、『ゲラダヒヒ-けんかぎらいのサルたち』河合雅雄著より紹介させていただきます。
それでは500万年前のアフリカ、エチオピアにターイムトラベルGO!です。
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河合さんは、アンバラスの山を眺めていました。ここには、350頭の大群、Aバンドが住んでいます。
ふと気付くと、その大群が下のなだらかな谷を渡りこちらにやってくるではありませんか そこにはEバンドがいます。その差150mまで接近してきています。
いよいよ世紀のゲラダヒヒの縄張り闘争勃発
と、思いきや意外な事が起こったのです。Aバンドは、Eバンドと戦うどころか、積極的に迎えに行き、さっさと一緒になり、仲良く草を食べながら移動し始めたのです。
AバンドとEバンドは合流したまま西に進み、西にいるKバンドとも合流しました。
総勢約630頭もの大群が、草原をゆっくり移動していくさまは、壮大な光景です。
3バンドの合流
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3つのバンドは、いつもは、ほぼ決まった場所に住んでいます。
ゲラだヒヒのバンドごとの生息図%E3%82%B2%E3%83%A9%E3%83%80%E3%83%92%E3%83%92%EF%BC%91.jpg
Eバンドはエミエットゴゴ山、Aバンドはアンバラス山、Kバンドはカダディット山です。
しかし、バンドは縄張りを持って対立しているのではありません。
気が向くと隣のバンドの領域に出かけ合流し、しばらく仲良く一緒に暮らしてから、また自分の領域に戻っていくのです。つまりゲラダヒヒは、縄張りのない共存社会を作っているのです。
そして、各ユニットの間には順位(序列)がなく、小さなユニットも大きなユニットも対等なのです。
どこか人類の本源性に通じるものを感じてしまいます。森林を追われ、地上生活に可能性収束し、厳しい外圧状況から同類闘争を封鎖したのでしょうか
ゲラダヒヒのユニットのボスは、メスが他のオスに興味を覚え、ユニットを離れた場合でも、暴力を振るわず、少し怒って、たしなめてから、おだてたり、すかしたり、なぐさめたりして、おだやかにメスの気分を押さえてユニットに連れ戻します。マントヒヒのように力でねじ伏せるのとは大違いなのです。
ボスはメスの前に座り、メスをなだめます。
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戻ったメスを、ボスがやさしく毛づくろいしてやります。こうして気持ちを落ち着かせてやります。
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またセカンドオスが、真剣になって、ボスと喧嘩をしたならば、どちらが勝つかわかりません。ゲラダヒヒの牙は、ナイフのように鋭いので、喧嘩になればどちらかが大怪我をする事は間違いないでしょう。どころが、ボスとセカンドオスは、けっして大喧嘩をしないのです。時々争っても、セカンドオスが降参の態度をしめすと、ボスは素直にゆるしてやります。このようにユニットのメンバーは、なかよく暮らしているのです。
ボス(左)に叱られるセカンドオス(右)。くりびるを捲り上げるのは「すいません」の表情。ボスはこの表情を見せられると、すっと怒りがとけ、すぐにゆるしてやります。%E3%82%B2%EF%BC%93.jpg
ゲラダヒヒは、集団性・共同性・親和性に重きを置いているように見受けられます。
同じ環境に生息していた初期人類も、ゲラダヒヒと同じように集団性・共同性・親和性を高め、生涯同じ集団(バンド)内で肩を寄せ合い本源的集団として生延びてきたのかもしれません。

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comments

少子化問題は結構複合的な要因が絡んでいそうですね。
かつては生産力発展に応じて人口増加していたのが、豊かさを実現すると人口減に逆転した。豊かさの実現=生産力の停滞と捉えれば、これまでどおりとなるのですが、生物的生存圧力の克服と捉えると、質的にも全く異なった大転換を迎えていることになりますね。
資源・環境圧力からの人口抑制圧力も感じますし、男女間の引力もなくなってきたし、経済面、子育て環境(基盤)悪化も出生抑制へと働いています。
子供の消費者化は経済負担の増加と同時に、どのような大人に育てればいいのかの将来像が見えない、ex.何のために勉強するの?に答えられないのと同様な位相の不全がありそうに感じます。
深層の原因分析を図解化して整理すると面白いのではと思っています。

  • 大杉
  • 2009年8月12日 22:52

豊かに成ったのに、大家族に憧れる金持ち達は居ないの?
と思っていました。
今回の提言(下記)である一つの切り口葉、確かにと思わせます。
子供は 
■生産者(=農業を手伝った。将来の働き手として期待さてていた)

■消費者(=市場化に組込れお金がかかるし、消費するだけ)
に変わって、
期待される役割がない=周囲から喜ばれない。
将来への期待がなくなった子供は、単なる消費するだけの生物でありペットと同じ。
これでは、ペットを飼いますか? 子供を育てますか? となり
経費の安い、ペットの方がいいと成ってしまいます。
子供に、将来の役割期待が無い事は、集団の問題ですよね。

  • アンニョン
  • 2009年8月13日 18:28

皆さん、コメントありがとうございます。
>大杉さん
実は図解も途中までつくっていたのですが、いろんな投稿を模索する中で、まとまらなくなってしまいました・・・。
今回は断念しましたが、またチャレンジしたいと思います。
>アンニョンさん
>これでは、ペットを飼いますか? 子供を育てますか? となり、経費の安いペットの方がいいと成ってしまいます。
まさしく究極の選択ですね。こうなってしまったら終わりです。
でも、ペットの経費も以前に比べれば半端じゃないですよね・・・。

  • minene71
  • 2009年8月18日 22:58

子供にお金が掛かるようになったのは、現在のような「試験制度」と関係がるのかもしれませんね。
それまでは子供は家の「生産者」であったのに、その役割がなくなって「消費者」に代わり、かつ「試験制度」によってますますお金が掛かる存在なってしまったのは間違いなさそうですね。
現代の日本よりも試験制度への収束度が高い韓国はもっと悲惨みたいです。

  • 戌年
  • 2009年8月19日 10:52

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