2010年06月04日
単一起源説vs多地域起源説を切開するvol.2(単一起源説を支持する分子遺伝学的証拠とは?)
「単一起源説vs多地域起源説」に焦点を当て、それらの学説に孕んでいる問題に切り込む、シリーズ「単一起源説vs多地域起源説を切開する」。今日は第2回をお届けします。
前回の「vol.1(起源説の概要)」では、人類の起源における「単一起源説」と「多地域進化説」について、夫々の概要を紹介しました。「単一起源説」と「多地域進化説」の違いは分かりましたか?
実は、以前は「多地域進化説」が主流でしたが、“ある分野の研究成果”により一気に優位に立ったのが「単一起源説」です。現在では「単一起源説」が主流の学説になっています。
では“ある分野の研究成果”とは何か? それは、近年発達した分子遺伝学のDNA分析による研究結果です。
(「ほぼ「単一起源説」に軍配が上がった」といっても結論が出たわけではありません。「多地域進化説」を提唱する学者さんももちろんいます)
今回は、「単一起源説」を強く支持すると言われる「DNA分析」でどのような成果があったのか?その研究内容に焦点を当ててみます。
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研究対象のDNAは、まずミトコンドリアDNA、続いてY染色体DNAが主要な分析対象となっています。全DNAが対象となっているわけでありません。核DNAでの研究も行われているようですが、こちらの研究成果はまだ少ないようです。
また、研究が始まった段階では、現代人のDNAだけを使っていましたが、ネアンデルタール人の化石からDNAが採取可能になってからは、ネアンデルタール人+現代人のDNAを用いた研究が盛んに行われているようです。
では、ミトコンドリアDNA分析、Y染色体DNA分析による研究を概観してみましょう。
■ミトコンドリアDNAの解析
最初に、「単一起源説」を支持するDNA解析による研究を発表したのがカリフォルニア大学バークレー校のレベッカ・キャンとアラン・ウィルソンのグループ。1987年に科学雑誌ネイチャーに発表されました。
DNAに生じる突然変異は一定のペースで発生するので、歴史が長くなればなるほど、その集団の中での配列の違いは大きくなるという考え方がこの解析手法の前提となっています.
アメリカ、カリフォルニア大学のアラン・ウイルソン博士は、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、オーストラリア、アメリカの5つの地域、134人のDNA配列を調べ、その違いを分析しました.その結果、ヨーロッパ集団、またニューギニアやオーストラリアを含むアジア集団は、配列の違いが比較的少なく、またアフリカ人同士では、配列の違いが大きいことが分かりました.
ここから、ヨーロッパ集団、およびアジア集団間では歴史が短く、またアフリカ集団間では歴史が長くなる、言い換えれば、現代人共通の祖先はアフリカで誕生し、ヨーロッパ人やアジア人はそこから枝別れしたとする「単一起源説」を提唱したのです。
この研究では、人類の系図は二つの大きな枝にわかれ、ひとつはアフリカ人のみからなる枝、もう一つはアフリカ人の一部と、その他すべての人種からなる枝であることがわかりました。これは全人類に共通の祖先のうちの一人がアフリカにいたことを示唆します。このように論理的に明らかにされた古代の女性に対してマスコミが名付けた名称が「ミトコンドリア・イブ」です。
注)ミトコンドリア=イヴと現生人類の起源とは同じではありません。ミトコンドリアDNA分析の結果から、現生人類出現の年代は遺伝学的に20万年前頃と推定されている、との見解がありますが、これは正確には誤りです。分かっているのは、現代人の特定のDNA領域における最終共通祖先の存在年代(合着年代)の古さです。
動物の細胞の中には、エネルギーを作り出す微小器官ミトコンドリアが存在します。このミトコンドリアは、もともと単独で存在した生物が動物の細胞内に取り込まれ、共生と言う形でエネルギー生産を行うようになったと考えられています。したがって、ミトコンドリアは独自のDNAを持っています。
このミトコンドリアDNAと核DNA違いは、核DNAは人間の遺伝情報を両親から受け継ぎ生殖のたびに複雑に変化しますが、ミトコンドリアDNAは、母親のみから受け継がれ変化しないので、ミトコンドリアDNAが変化する時は、突然変異が起きた時になります。
したがって、核DNAでは、両親が組み合わされた変化と突然変異があるの対し、ミトコンドリアDNAの変異は突然変異のみになるので、ミトコンドリアDNAにより母系の系譜をたどる事が可能になるのです。
<真核細胞の模式図>
膜で囲まれた巨大空間にミトコンドリアや葉緑体という様々な細胞内組織が存在しています。(1.核小体 2.細胞核 3.リボソーム 4.小嚢 5.粗面小胞体 6.ゴルジ体 7.細胞骨格 8.滑面小胞体 9.ミトコンドリア 10. 11. 12.リソソーム 13.中心体)
詳しくは、ブログ「生物史から、自然の摂理を読み解く」さんをご覧ください。
皆さんご存知のうように当時は大変な話題になりましりましたが、この研究の有効性は、分析に用いたコンピューター・ソフトに間違いが見つかり、後に基本的には誤りとされています。ただし、その後の遺伝子学者の研究で、レベッカ・キャンとアラン・ウィルソンの提言は本質的には正しかったことが確認されています。
その後、ウィルソン博士の教え子の一人、マックス・プランク研究所のペーボ博士は、世界で始めてネアンデルタール人のミトコンドリアDNA分析に成功します(1997年).
彼は、ミトコンドリアDNA(16500の塩基配列)から取り出した378の配列を比較し、ヨーロッパ人とアジア人での、平均8箇所の違いに比べ、ネアンデルタール人と現代人の間で、26箇所が違っていることから、ネアンデルタール人は現代人の祖先とはならない、と結論づけ、単一起源説を補強したのです.
<ミトコンドリアDNA解析による系統樹>クリックで拡大 写真はコチラから
レベッカ・キャンとアラン・ウィルソンのグループの研究は、現代人のミトコンドリアDNAを使った研究でしたが、その後、スバンテ・ペーボのグループが、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNAの単利に成功し、現代人のDNAと比較した系統樹が作成されました。
■Y染色体DNAの解析
最近ではミトコンドリアDNAの他にY染色体での研究成果が発表されています。Y染色体は、男性にしかありません。したがって、ミトコンドリアDNAが母系遺伝なのに対し、Y染色体の遺伝は父系遺伝ということになります。
米科学誌『サイエンス』5月11日号に掲載された中国人研究者を主体にした研究チームの成果です。アフリカ起源説の唯一の泣き所であり、逆に多地域進化説のただ一つの拠り所であった東アジアでも、人類の交代が起こったことの明確な論証とされています。
研究チームは、東アジアの他に、東南アジア、オセアニア、シベリア、中央アジアに及ぶ広大な地域に住む163民族の1万2127人の男性から血液を採取し、そこからとった細胞のY染色体を分析した。驚くべきは、その標本数である。1万2127人もの男性で構成される標本は、半端なものではない。この種の研究で、これだけの巨大標本を対象にしたものは初めてだろう。したがってデータの信頼性は、抜群である。
この結果、1万2127人の悉くは、Y染色体上の三つの座位の一つに突然変異を持っていた。そしてこの突然変異は、実は前年の2000年に米スタンフォード大学のピーター・アンダーヒルらによって発表されたY染色体上のM168という突然変異と結び付いたものだったのだ。この研究でアンダーヒルらは、アフリカを含めた世界中の21民族1062人の男性Y染色体に残されているM168という突然変異は、3万5000年前から8万9000年前のアフリカで起こったと結論した。今回の中国人主体の研究チームが明らかにした突然変異は、M168を受け継いだものだったのだ。このデータから同研究チームは、「東アジアの解剖学的現代人の起源に在来のホミニド(北京原人とジャワ原人の系統)がいくらかでも寄与したことは全く考えられない」と断定している。
<Y染色体DNAの系統樹>画像はコチラから
■まとめ
このように「単一起源説」を支持するDNA解析による研究成果が発表されていますが、これで決着が付いた訳ではありません。
科学の成果とは、任意に設定した前提条件下での仮説なのです。だから、「単一起源説vs多地域起源説」はまだ決着していないし、これまでと180度異なる研究成果も発表されるわけです。
そこで、「単一起源説」を支持するDNA解析による研究の特徴を簡単にまとめてみると、
◇「DNAに生じる突然変異は一定のペースで発生する」ことが前提
いわゆる分子時計、遺伝子の塩基置換(突然変異)は一定頻度で発生するとするという考え方が前提条件。遺伝子をコードする領域では、突然変異が起きるとほとんどが致命的な機能不全を起こし、その個体は消滅しますが、遺伝子をコードしない領域での変異は致命的ではないので、保存され後世に伝わると考えられています。この遺伝子をコードしない領域が分析対象となっているようです。
◇分析が進んでいるのは、母系遺伝のミトコンドリアDNAと父系遺伝のY染色体DNA
ミトコンドリアDNAとY染色体DNAは、どちらも単系統での遺伝であり、遺伝子型が喪失しやすいという特徴があります。一方、Y染色体以外の核DNAは、双系的遺伝なので、保存されやすいのですが、核DNAは突然変異に加え、受精時の減数分裂での遺伝子組み換えによる変異もあり、より複雑な変異が蓄積されていため、現在の技術でもその分析は困難なようです。
これらの前提条件や解析内容についてもう少し確認する必要がありそうです。
今回のシリーズを通じて、DNA解析の可能性と限界を明らかにし、人類の起源の探究にどれだけ有効かを検証も試みてみたいと考えています。もう少し先になりますので、すばらくお待ちください。
さて、次回ですが、最近の興味深い研究成果を紹介したいと思います。「単一起源説」が優位の中、これまでのDNA解析では、「ネアンデルタール人と現代人には交雑は認められない」とされてきましたが、最近「ネアンデルタール人と現代人には交雑はあった」とする研究成果が発表されました。次回、この研究を紹介する予定です。こうご期待!
- posted by sachiare at : 2010年06月04日 | コメント (0件)| トラックバック (0)
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