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2021年04月29日

シャーマンやチャネリング回路の秘密は、右脳とつながった松果体にある

有史以前のシャーマンやチャネリングの脳回路(リンク)(リンク)、あるいは日本上古代(≒縄文時代)のカタカムナ文明(リンク)。始原の人類は、およそ現代人とは異なる対象認識機能を有していたと考えられます。
そして、その対象認識機能の秘密は、右脳とその根幹にある松果体にあるのではないかと思われます。

以下、『天才脳のメカニズム~間脳と右脳の密接な関係』(リンク)より

――――――――――――(以下引用)――――――――――――――

人間の大脳は、大脳辺縁系(哺乳類の脳)、脳幹(爬虫類の脳)、脳梁に分けられます。脳幹は、間脳、中脳、脳橋、延髄から出来ています。脳の中心には脳幹があり、その回りに、大脳辺縁系が取り巻き、更にその周囲を大脳新皮質が取り巻いている形になっています。
また、大脳は右半球と左半球の2つにわかれていて、この左右をつないでいるのが脳梁です。間脳の中には、視床、視床下部、脳下垂体、松果体があります。

人間の脳は受精後、爬虫類の脳である脳幹、哺乳類の脳の大脳辺縁系、霊長類の脳の大脳新皮質へと、外側に向かって発達してゆきます。この3つの脳は、古い時代に完成した順に別々の機能を有しています。最深部にある脳幹は、テレパシーを媒体とするチャンネルが働き、大脳辺縁系はイメージを媒体としたチャンネルが働きます。

大脳新皮質は、左脳と右脳に分かれ、左脳には、言語を媒体とするチャンネルが働き、右脳のみ下位層の脳と通じる回路が存在しています。左脳は、言語回路の機能しかありませんが、右脳は下位層のイメージ回路やテレパシー回路とつながっているのです。そのため乳児期は、大脳辺縁系(哺乳類の脳)と脳幹(爬虫類の脳)と連結している右脳のみで、テレパシーやイメージが使えています。
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その後、左脳の発達に従って、右脳の働きが出にくくなってゆきます。左脳は下位層の機能とはパイプがないため、左脳の顕在意識で右脳の働きや、下位層の脳の働き(テレパシーやイメージ)を抑えこんでしまいます。その結果、大人は潜在能力が発揮しにくくなっているのです。

現代人は、顕在意識レベルだけの言語と論理認識の左脳偏重傾向にあります。教育も言語と顕在意識の左脳教育に偏重してしまっています。その結果、イメージやテレパシーを媒体とした潜在意識を引き出す右脳教育がほとんどされていません。しかし、この潜在意識(無意識)にこそ、天才的能力が眠っているのです。この右脳のイメージ情報系とテレパシー情報系と左脳の言語情報系の3つをまとめているのが、間脳なのです。そして、間脳こそ最も深い所での人間意識と記憶を受け持っています。

一方、人間は身体をコントロールする情報系統に、神経系と内分泌ホルモン系の二種類があります。実際には、60兆個あると言われている全細胞に伝えるためには神経系のみでは間に合わず、内分泌ホルモンを血液中に放出し、全身の器官へ伝達し、各機関からそれぞれのホルモンを分泌し、全細胞をコントロールしています。

脳下垂体のホルモン分泌の調整をしているのが、すぐ上部にある視床下部です。そして、これを活性化させる最も重要な器官が「松果体」です。この「松果体」は、脳の一番深い場所に位置した0.1~ 0.2gの小豆大ほどのクリスタル構造をした特別なホルモン分泌腺です。実は、この松果体は人体の中で最初に完成する器官であり、この松果体が、生命力や若さ、免疫を強化するメラトニン、リラックスのセロトニン、やる気と快楽ホルモンのドーパミン、アセチルコリン、βーエンドルフィン等の脳内ホルモンを活性化させています。
つまり、この松果体が、肉体や意識をコントロールしているのです。この松果体が目覚めると、第3の眼といわれるイメージ力やテレパシー能力、直感力、宇宙情報のインスピレーション、透視能力などが働き出すのです。

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2021年04月22日

本源の性教育とは?~ヒントは日本の村落共同体の若衆宿と夜這い~

「性についてすごく興味はあるけど、友達と話すとついついふざけちゃう」
「SEXやHって言葉にするだけで、恥ずかしい」
「家族と性について真面目に話すなんて、ありえない!」

現代の日本で普通に暮らしていたら、“性”という話題に対して、こんな反応が当たり前になっています。さらに、こうした性へのタブー視の結果、性に関して無関心な若者や嫌悪感まで抱くという状況に陥っています。

性に対して、もっとまじめに、真剣に、楽しく話すことができたらいいのに…。

・社会の根底に性がある、それをみんなで話したい♪

そう思ったときに、でも“性”について、何から学んだらいいんだろう?(学校の教科書はなんか違う)
そもそも学校もない時代の昔の人たちは、どうやって性の営みを伝えてきたんだろう?(親から子へ?)
と行き着きました。

歴史を遡ってみると、どうやら「性教育の最大のヒント」は、日本の村落共同体にあることが見えてきました!

キーワードは、「若衆宿」と「夜這い(よばい)」です。

wakasyu

夜這い婚の情景①より

■若衆宿
その頃は、一人前と認められ、若者宿への参加が認められることが、子供の楽しみであった。十三、四、五歳から参加が認められ、結婚するまでの間、毎年農閑期の何ヶ月間か、そこで共同生活をしたものだ。中には、一年通して、つまり数年間、若者宿で過ごす者も、少なくなかった。彼らは、農繁期の強力な助っ人として、重要な存在であった。

共同生活を通じて、親からの躾とは違う、共同体の一員としての ケジメ を先達から教えられる場であった。また、年に何ヶ月かの共同生活を、数年繰り返すことで、自然と仲間内の序列、派閥なども形成されていった。つまり、仕事のときの采配はだれだれ、遊びはだれだれ、交渉ごとのうまい奴、物資調達のうまい奴、情報通のものなど、互いに相手を知り合う機会でもあった。

■夜這い規範
夜這いといっても、誰もが好き勝手に、女の家へ忍び込んだわけではない。通常、相手の娘が、承知してくれた場合のみ、あるいはその娘が、自分の誘いに応じてくれたときのみ、夜這いに行けたものである。相手の望まない夜這いは、無理に忍び込み、ことに及ぼうとするとき、娘に騒がれて、親に捕まった時など、村のさらし者にされる恐れがあった。

また、忍び込んだ娘の家で、あまり無茶をしないよう、夜這いの礼儀作法というものも教えられた。先達たちが、四方山話の一環として、面白おかしく話すこともあったが、実際は、ベテラン女性に、手取り足取り教えてもらったものである。

■性の指導
若者宿ではまず、新入りには忍び込みのテクニックを教える。そして筆下ろしのため、先輩が事前に了解を得て、ベテランの女性に、童貞の子への筆下ろしを頼んだものである。上農の場合には、元服の際、両親が相談し、親類縁者のなかから、これという女性を選びだして依頼し、文字通り手取り足取り、女性の体の 造り を教え、扱い方 の指導を任せたものである。

娘の場合も、赤飯を炊いて祝った夜、一族の年配者や、主家筋の、しかるべき長老の誰かに、水揚げというか、道を通してもらうのが慣わしであった。そうしておかないと、夜這いされたとき、戸惑うことになる。そして、母親や叔母さん、先に一人前になっていた近所の姉様たちが、具体的に心構えや、手練手管を伝授するなど、共同体の一員としての教育がなされてきたのである。

村落共同体の時代には、共同体の一員として、若者に手取り足取りの性教育が成されていたことが分かりました。
その中身も、現代のような避妊の方法や身体の仕組みを学ぶことではなく、「男女の営みをどのように楽しむか」や「ベテランから若者が実地で学ぶ」など、かなり具体的です。(でもこっちの方が断然楽しそう!)

では、海外の場合はどうか?他には?引き続き、探索してみます。

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2021年04月22日

閉鎖独占からの離脱~企業の持つ可能性~

前回は、育児に焦点を当てて、現状の家庭や学校の閉鎖性や独占性から離脱しなければ、人はまともに育たないし、本来の共同体社会へ移行できないことを述べた。

その意味で生産課題を担う企業はどうだろうか? 日々生産という闘争局面で社会のまともな圧力=期待をうけている全うな企業であれば人材は育つが、社会情勢として「売上」だけに終始している企業はもはや欠陥だらけとなっている。本来、企業なるものは社会の公器であり、家庭や学校などの機能を包摂した存在であるはず。市場社会での歪んだ売り上げ主義が企業の在り方も変容させてしまった。そこで働いている人々の意識も、本来は社会の役に立ちたいという思いが根底にあるはずであるが、ぶら下がり、指示待ち、展望が見えないなど負の意識が蔓延する状態に陥ってしまったようだ。

それは、自分たちの会社という意識を分断する株主、経営者、社員という欠陥をはらんだ存在にあること。そして、本来の能力ヒエラルキーとは異なが歪んだ体制と局部的な課題しか担えない役割にありそうだ。それでも貧困の時代には目標が明快であったことや、全員でその貧困に立ち向かうことで貧困に勝つという意味で活力があった。その目標が喪失した時代になって変化できない企業から力が失せてきたのである。

社会の役に立つということは個人レベルでは通用しない厳しさとともに壮大さがある。それを乗り越える意欲から生まれる人間力(追求力やまわりを充足させる力)が前提にあり、その志を実現していく組織力、戦略をもつことにつながる。その実現の延長に共同体社会が待ち受けている。

今回もそのような可能性を示す記事を紹介したい。

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2021年04月22日

白人(欧米人)の意識構造の解明(5) 西洋民主主義の欺瞞と異常な性観念

「民主主義(デモクラシー)」の起源をたどると、ギリシャ・ローマに行きつきます。そこでは、自分たちのことを「市民」と称していましたが、これは共同体の成員ではなくなったので、新たに作り出した概念です。しかも平等を口にしながら、市民だけが平等で、一方で市民の人口の数倍の奴隷を使役しているのです。しかも、ギリシャの哲人たちもそのことに自己矛盾は感じておらず、平気でいました。

ギリシアの時代から同じ人間を奴隷として使役してきたのが白人(西洋人)ですが、その発想の原点は家畜を飼い馴らすことであり、人間を家畜同様に飼い馴らすという発想から奴隷制が登場したと考えられます。
白人が侵略性や騙し性が強くなったのは、彼らの出自が略奪集団(山賊・海賊)であり、一貫して、侵略・支配することしか考えていないからです。

◆白人(西洋人)の精神構造はどうなっているのか?
るいネット『西洋人の精神構造と異常な性意識』(リンク)より

自我を制御するのが規範共認であり、西洋人がそれを喪失しているということは、彼らがとことん自我収束し、自我の塊になっていることを意味する。これが西洋と東洋の違いである。
①自我は他者否定と自己正当化の塊であり、
②自我の塊であるということは、「みんな仲間」という感覚を肉体的に喪失しているということと同義である。言い換えれば、本当の意味での平等意識を欠片もないのが西洋人である。
③他人を同じ人間とは見なしていない。他人は家畜同然であり、実際、ユダヤ教の聖典にはそう書かれている。つまり、潜在意識では他人を家畜視しており、「こいつらは人間ではないんだから(家畜なんだから)、騙しても支配しても(殺しても)良いんだ」と思っている。

あるいは、自分たちだけは自由・平等で、その他大勢の人類は自由でも平等でなくても平気で居られる(日本人から見れば、彼らの「思想」には論理整合性が欠片も無い)。要するに、自分たちとその他の人類とは別の基準=己に都合の良いダブルスタンダードになっている。これが西洋人の騙しの構造である。西洋人の観念群は共認基盤たる共同体や規範を喪失したために、(何もない所から)己に都合よく捏造した架空観念なのである。

モンゴルやアラブにおいては氏族共同体や規範共認が残っており、この規範観念群は集団や社会の全員が共認しており、同時に全員に適用されるものである。そこではダブルスタンダードは許されない。だから彼らはダブルスタンダードでは決してない。

◆西洋人の異常な性意識

例えば、女に対する怯え、「良き父親観念」、純潔主義と不倫のタブー、貞操帯、魔女裁判、禁欲主義、男女同権をはじめとして、枚挙に暇がない。
前提条件として、人類は一貫して母系であり、牧畜集団においても母権制であった。女主導であれば性はオープンになる。その象徴が、1000年前のインドの男女和合の場を神殿の壁一面に描いた彫刻であり、アラブの女も一夫多妻で囲い込まれてはいるが挑発性は高く、略奪闘争以前はインドと同じく性文化が豊かであっただろう。これは縄文人→日本人も同様である。

☆それに対して、西洋人の性意識は異常である。なぜ、そうなったのか?

略奪集団は男集団であり、女は現地調達するしかない。つまり略奪婚となる。男たちの女に対する発想は、力の原理で女を調達して、あとは家畜と同じように女を飼い馴らすというものである。この力の原理で支配するという発想は今も全く変わっていない。
ところが、ここに根本的な矛盾がある。力の原理は男の原理であり、女が主導する性原理は全く別の原理であって、力で押さえつけられるものではないのである。従って当然、女たちの反乱が起こる。具体的には不倫や子供の囲い込み(子供を人質という意味で「子質」)。

それで西洋人の男たちは反省すべき所を、あくまで力の原理で女を支配しようとする、その根性は変えなかった。その発想は今も全く変わっていないようで、レディーファーストも男女同権も良き父親も全ては、女を支配しようとする意識の裏返しである。これは、本音では家畜視している他人を支配するために平等を口にするペテンと同じ関係である。

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2021年04月15日

閉鎖独占の育児からの離脱

今回は、育児という観点で集団の在り様に焦点を当ててみたい。

昨今、過剰保育つまり親や教師の過干渉が子供の自立性や活力を奪っているという問題が顕在化している。もはや子供の意識としてはこれらの「圧力」は当たり前の所与のもので逃れられないものとして捉えられてしまい、反抗する意識さえ失っているという。これは素直さに潜んだ由々しき問題である。心を閉ざし、果ては本来十全に機能するはずの本能の発現さえ衰弱してしまっているのである。

生物進化上、特に哺乳類以降は、外敵からの防衛の必要から体内である程度成長してから出産するという胎生に進化した。そして、本能機能としても出産後生体になるまでは様々な生存課題を学習によって機能を獲得している。主として、子供同士のじゃれあいなどの遊びの行為の中で疑似闘争の経験を積んで学習していくのである。人類に置き換えれば、「育児」ということとなるが、現代では、その育児を一人の母親や独占的地位の担任教師に委ねられ(押し付けられ)、しかもその内容は閉鎖独占という価値に歪んだものに堕してしまっている。例えば学歴信仰などもその一つであろう。

そこから離脱しなければ本来の共同体的な社会へは移行できない。特定の立場のものに育児の責任を押し付けることから脱する必要があるし、子供の側からすれば、安心して依存できる場があればそれ事足りるのである。

今回もそういった可能性を示唆する記事を紹介したい。

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2021年04月15日

白人(欧米人)の意識構造の解明(4) 略奪集団であるが故に自我の塊になった西洋人

近代世界は白人の世界征服によって形成されたと言っても過言ではありません。
白人(印欧語族)の出自は、狩猟部族→牧畜部族→遊牧部族→交易部族という段階を経ていますが、ここまでは世界共通で、白人、セム族・ハム族、北方モンゴロイドも同じです。
では、白人と、セム族・ハム族や北方モンゴロイドを分かつものは何か? 白人の特質を形成した直接的な原因は何か?

その半答えは『実現論』(リンク)にあります。

『遊牧派生の邪心集団による掠奪闘争は極めて激しい容赦の無いものとなり、皆殺しが常態となる。従って、仲間を皆殺しにされて一人二人と生き残った者たちは憎悪と警戒心の塊となり、共認基盤を失って終ったことと相俟って、全面的にかつ強く自我収束する。そんな者たちが生き延びる為に寄せ集めの新たな掠奪集団を形成しては他部族を襲うという形で、数百年に亙って掠奪闘争が繰り返された。そんな生き残りの末裔が、西洋人である。それ故に、本源共認の基盤を根こそぎ解体して終った西洋人は、本源的な共認収束力≒集団収束力が極めて貧弱で、自我収束が極めて強い。しかし、自我だけでは共認を形成できない。そこで彼らは、専ら自我に基づく本源風の架空観念に収束し、架空観念で共認を形成する。』

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2021年04月08日

閉鎖独占の核家族からの離脱

 

前回は、核家族の問題点を指摘し、今まさに崩壊しつつあることを述べた。今回は人類社会がどのような家族集団に変化していくのかを探りたい。

すでに時代の価値観は閉鎖独占の関係が忌避されている。その状況はネットの普及やシェアリングという機能分担の隆盛からも推察できる。底流には社会とのつながりたいという欠乏が顕在化しているともいえる。それは最基底の家庭でも最先端の職場という場においても一様に人々の意識に作用している。そうしなければ不全あるいは問題が解決しないことを感じ取っているかのようだ。これは集団として血縁に縛られない新たな可能性を示唆している。

一方でその深い意識は、生命原理としての雌雄分化における安定と変異に貫かれた集団の在り様を探し求めることにつながっていく。歴史を顧みれば、人類の場合、長らく母系集団にて平和共存を維持してきたことがその実現形態であり、母系の世代を貫通した安定性に勝るものはない。

これらを示唆する記事を紹介したい。それぞれの記事単独では可能性は見えにくいが、このシリーズを通して総合的な視点でご覧いただきたい。

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2021年04月08日

白人(欧米人)の意識構造の解明(3) 遊牧部族が交易に転じると何が変わるのか?

近代世界は白人の世界征服によって形成されたと言っても過言ではありません。そして、白人(印欧語族)の出自は、狩猟部族→牧畜部族→遊牧部族→交易部族という段階を経て略奪集団に至ったという流れを、どの集団も例外なく経ています。

前回の記事(リンク)では、牧畜部族が遊牧部族に転換したことによって、
①それまでの単位集団とは違う、牧畜母集団と複数の遊牧男集団という重層集団(社会)がはじめて形成された。
②婚姻制が母系婿入り婚→父系嫁入り婚に転換し、同時に母権集団→父権集団に転換した。
を、扱いました。
今回は、遊牧→交易に転換したことによって、集団の意識がどのように変わったをテーマとします。

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2021年04月01日

閉鎖独占から解放共創へ~核家族の崩壊

前回までのシリーズでは、支配から自主管理へという視点で可能性を展開してきた。今回は、特に社会的にも問題が噴出している核家族に焦点を当てたい。メディアでもしばしば報じられているが、核家族がはらむ問題は深刻で悲惨な事件が示すように社会的に崩壊していく様相である。

その原因は、世代間の断層でもあるが、閉鎖した場で独占意識に根差した場であることに起因する。特に恋愛結婚により、規範意識さえ持ちえず自分勝手な思い込み、独占意識、さらには子供への所有意識がいびつに肥大したことが大きい。時代的には貧困の圧力から脱し、大家族の田舎から都市での核家族が主流となってから家族という集団としての劣化が始まったといえる。

それは核家族というもの自体が、本来子供を産み育てる安心できる場=生物一般でいえば縄張りである家庭という機能がはじめから外注化され社会的な機能を持っていないからである。つまり、仕事=生物一般でいえば縄張り闘争も家庭にはなく、出産、育児、教育も大半は外注化され分業化されてしまった。つまり課題が喪失してしまい、自分勝手な判断が横行し子供への虐待へと進行していくことになる。核家族では、父親、母親が単独で対立しやすく、そして絶対化してしまう構造にある。その危険性を意識している親はどれだけ存在するのだろう?

そういう場に閉じ込められた主婦は自由自在に過ごせるはずだったのに反して、社会空間に出ていく意識が強くなっている一方、子供への管理圧力をますます強めてまさに虐待しているかのような父親、母親も目立つ。そのような場からさっさと家出して放浪している若者も見逃せない現象だ。つまり、核家族という閉鎖した独占欲を満たすだけの空間はすでに崩壊しているのである。そして社会に開放された(つながっている)安心できる縄張りを模索し始めているともいえる。

そういう記事を紹介したい。

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2021年04月01日

白人(欧米人)の意識構造の解明(2) 牧畜→遊牧によって何が変わったか?

近代世界は白人の世界征服によって形成されたと言っても過言ではありません。そして、白人(印欧語族)の出自は、狩猟部族→牧畜部族→遊牧部族→交易部族という段階を経て略奪集団に至ったという流れを、どの集団も例外なく経ていると考えられます。

前回の記事(リンク)では、狩猟部族が牧畜を始めたことによって、
1.常時蓄積された財が登場し、はじめて財産意識が登場したこと。
2.人間がを飼い馴らすという自然の摂理に反する行為が登場したこと。
を扱いました。
今回は、牧畜→遊牧に転換したことによって、集団の意識がどのように変わったをテーマとします。

るいネット『遊牧の段階では、何が変わるのか?』(リンク)より

◆遊牧の起源。何故、牧畜→遊牧に変わったのか?
牧畜という生産様式は世界中の至る所に存在するが、遊牧は中央アジアから東アジアにまたがる広大な草原ステップの帯の地帯にほぼ限定されている。ここは乾燥度が高く、家畜の餌となる植物が少ない。そういう生産力が低い地域で牧畜→遊牧に転換したのである。

遊牧の移動様式として、2つ考えられる。
①牧畜母集団があって(餌が少なくなったので)斥候部隊(男集団)が派遣されるケース。
②男集団だけでなく、女・子供も一体で動くケース。

しかし、女子供も一緒に動いたケースはほとんどないであろう。まず他に餌がある場所が見つかっていない場合は、女・子供も一緒に動くことは、生存確率が非常に低い決死行となり、部族滅亡の危険性が高い。
また、当時の牧畜集団の人数規模は100人程度だったと推定されるが、この規模の女・子供含めた母集団が食っていける場所があるはずがない。だから女・子供連れて移動したとは考えられない、乾燥化などによって食糧生産力が7~6割に落ちた段階で(多くて10人程度の)斥候部隊を何方面かに派遣して、各男部隊が1~2割程度の不足分を遊牧で補っていたはずである。

◆母集団と遊牧男集団の重層社会
遊牧によって史上はじめて人工的な男集団が登場し、かつ、それまでの単位集団とは違う、牧畜母集団と複数の遊牧男集団という重層集団(社会)がはじめて形成されたのである。遊牧部隊の移動距離が1~3ヶ月までならば狩猟時代と変わりがないが、遊牧部隊の移動は家畜の餌となる植物植生によって決まるので年間コースとなって、1年間母集団に帰ってこないことになる。

牧畜集団で財が登場していることは既に述べたが、財は母集団の女ボスが管理している。これは単なる母系ではなく、財の管理→集団の実権は女ボスが握っているということであり、母権社会と呼ぶのが適切である。女の分配も女ボスが差配している。
狩猟部族の時代はその婚姻制は勇士婿入り婚、牧畜に代わっても勇士婿入り婚を踏襲していたが、そこでも実権(選択権)を握っているのは女ボスである。

しかし、1年間に1回しか遊牧男集団が帰ってこないのでは、婿入りという実体はなく、そもそも1年間の禁欲生活は男女ともに無理がある。とりわけ、遊牧男集団の方でそれが問題化する。母集団には男もいるが、遊牧集団は男だけだからである。そこで母集団に対して「女よこせ」要求が出てくる。

◆婚姻制が母系婿入り婚→父系嫁入り婚に転換し、同時に母権集団→父権集団に転換
しかし、それだけでは父系へは転換しない。女・子供を連れて遊牧を続けるための手段が必要で、それが馬の使役である。概ね6000~5000年前に馬の飼育が始まり、荷運びに馬を使役するようになったことではじめて、女・子供を連れて移動することができるようになった。
そうして、遊牧男集団の「女よこせ」要求に対して母集団が女を分配するようになり、婚姻制度が母系の勇士婿入り婚から父系の嫁入り婚(父権多妻婚)に180度逆転する。同時に、財産(家畜)は男のリーダーが管理するように変わり、集団の主導権も男に移行する。

それでも部族全体の統合は必要なので、それぞれの遊牧集団ははじめは母集団に戻ってきたが、母集団を介さず遊牧集団同士で婚姻を結ぶようになると、母集団の存在理由がなくなってゆき、母集団が消滅したことで遊牧部族は完全に母権から父権へ転換する。
但し、母集団がなくなって以降も、それぞれの遊牧集団が単独分離したわけではなく、全遊牧集団が年1回集合したり、早馬で連絡を取り合うなど部族統合は維持され続けた。

人類500万年間、女たちは女集団の中で生きてきた。母系の段階では女たちの生まれ育ちはみんな一緒であったが、父系になるとそれぞれの集団の女たちの出自はバラバラなものになる。女たちの共認充足空間の中に隙間風が吹くようになり、とりわけ、嫁取り交渉では集団の財が多い方が交渉が有利に運ぶので、各氏族の蓄財意識が高まってゆく。こうして出自の違う女同士の間で私益の対立が発生しはじめる。これが相対自我の芽生えであり、遊牧→父権転換(嫁取り婚)から自我が発生したと考えられる。

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