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2021年03月26日

お見合い結婚の方が、恋愛結婚よりも幸せになれる!?

現代はお見合い結婚よりも恋愛結婚が多くなっていますが、離婚率は上昇しています。
果たして自分で相手を決める恋愛結婚は幸せになれるのでしょうか?

ある女性が、「自分で決めるといつもダメンズ(ダメ男)を選んでしまう。いっそのこと私に合う人を誰かに決めて欲しい」と言っていました。
これはお見合いのようなシステムを希望する人たちが増えている兆しなのでは?と思いました。

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■お見合い結婚の方が、恋愛結婚よりも幸せになれるという事実

私達は日本に住んでいるので自由恋愛≒当然の事と思っているかもしれないが、インドでは現在でも結婚の主流方法はお見合いだ。

ご存知の通りインドにはかの有名なカースト制がある。結婚も、このカースト内でお見合いを通じて行われる事が多いようだ。

「お見合いなんて自分でパートナーを選べないんだから、不幸に決まってるじゃん」とお思いかも知れないが、実は真実は逆だ。

少なくとも多くの人にとって、お見合い結婚の方が幸せになる確率が高いのである。

大規模調査により、インドにおいて恋愛結婚の離婚率は50%。対するお見合い結婚の離婚率はなんと5%である。つまり自由恋愛させると、半分は結婚に失敗するのに対して、お見合い結婚だと95%もうまくいくのである。

「離婚しないからといって、幸福なわけじゃないでしょ」

そう思うかも知れないが、残念ながらその意見も間違いである。

幸福度をみると、恋愛結婚をした人の方が、結婚当初の幸福度が高いようだが、時間の経過とともに恋愛結婚をした人の幸福度は下がる傾向にある。

それに対して、お見合い結婚をした人の幸福度は年数とともに徐々に上がっていく傾向にある。

なんでそんな事が起きるかと言うと、要は結婚生活においての当初の期待値が問題なのである。
恋愛結婚の場合、ステキな恋を通じて結婚するわけだから、はじめから期待度合いはトップクラスである。

そこから結婚生活が始まったら、実は相手の嫌な部分が見えてきたりといったマイナスのイベントが盛りだくさんなわけで、残念なことに幸福度は結婚生活が続くについれてだだ下がりになるのである。

それに対して、お見合い結婚の場合は、お互いがパートナーにはじめから殆ど期待していない。そんなもんだから、低空飛行スレスレの期待値からスタートしたわけだから、その後期待値は上に行く余地が全然あるのである。

こういう事もあって、インドでは現在でも75%以上の人がお見合い結婚を望んでいるのだという。どうやら自由恋愛はクソゲーなだけではなく、幸福になる為の手法としても問題があるようだ。

■選択肢が多いほうが良いわけではない。「ジャムの法則」

選択肢は多い方がいいのか、少ない方がいいのか。

「え?選択肢は多いほうがよくない?」と思うかも知れないけど、これまた残念なことに事実は反対なのだ。多すぎる選択肢は人にとってはマイナス以外の何物でもない。

これはシーナ・アイエンガーの名前を一躍有名にした社会実験なのだけど、彼女は適切な選択肢の数はどれくらいなのかという事をスーパーの売場に置いたジャムの数から最適解を導き出したのだ。

彼女のこの業績はジャムの法則という名前で一般的に知られている。

この実験の概要はこうだ。アメリカの高級スーパーマーケット・ドレーガーズのジャム売り場で、24種類のジャムと6種類のジャムを並べ、それぞれの売り場における売上げを比較した。

その結果、多くの人が訪れたのは24種類のジャムを用意したコーナーだったようだけど、購入者数はなんと6種類のジャムを用意したコーナーの方が10倍も高かったのだという。

つまり、多すぎる選択肢は人から”選ぶ”という意思決定プロセスの難易度をメチャクチャに上げるのである。

これは現代の婚活アプリや街コンの問題点を強烈に指摘している。つまり、人に多くの選択肢を与えると、人は選ぶことすらできなくなる。だから自由恋愛2.0の婚活アプリは、ジャムの法則に則っていえば失敗以外の何物でもないのだ。

■自由恋愛から積極的に降りられる道を作ろう

自由恋愛は本当に苦しい。こんな茨の道を通り抜けないとパートナーが作れないだなんて、圧倒的に苦しい。

だからできたら上記のような仕組みを誰か作ってくれる事を心の底から祈る。AIで最適な相手を見つけてくれる、そんなサービスがあってもいいんじゃないかと思うんですよね。

戦わない選択肢があってもいいと思うんですよ。本当にね。

リンクより

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2021年03月26日

支配から自主管理へ-10

これまで、このシリーズで自主管理への展望を様々な角度から探求してきた。時代の先端意識は間違いなくそこに向っていく。

重要なのは、メディアに躍らされず冷徹にさまざまな情報を整理し虚実を分別していくこと。その意味においても、個人という限界にぶち当たる。本当のところ皆はどう感じどう判断しているのか、探索し始めているようだ。このことからすでに自主管理の共同体が求められる土壌ができつつあるともいえる。

それは歴史的な必然として、まもなくグローバルを標ぼうする市場社会が終わりを告げることから感じ取れる。そして、水面下ではその理不尽な社会を終わらせる闘いが全世界的に既にはじまっているから他ならない。

否応なく、その意識転換の静かな闘いにはいらざるを得ない。それを示す記事を紹介し、このシリーズを結ぶ。

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2021年03月18日

支配から自主管理へ-9

 

前回、自主管理の共同体にとって不可欠の感覚、そこから展開した世界観は”人類皆仲間”という意識にあり、それは同類だけではなく万物に対して同化を試みて一体意識を持つことであろうと推察した。

では、その一体という意識構造はどのように形成されてきたのだろうか? 極限時代の人類はまさに奇跡的に生き延びてきたのであり、自然界の中で生かされている=生きていること自体に感謝する意識であったことは容易に想像できる。だからこそ、生かされている対象へ注視し、同化を試みることとなる。それはあたかも赤子が大人が話す言葉や表情をひたすらまねて共感し覚えていくことからもみて取れる。ただ純粋に対象と一体となることだけである。

その追求の果てに、精霊を措定し、言葉を生みだし、法則化、抽象化した概念に発展していく。例えばカタカムナという古代文字には、ミクロからマクロまで同一の原理=螺旋構造で成り立っているという世界観があるといわれている。これは最先端科学の認識に勝るとも劣らない。

現代でも「気」をあわせるなど一体化の意識はかろうじて残っているが、現代人が忘れかけている万物への感謝が意識の底流にあり、それを呼び覚ますだけで大きく回天していくのかもしれない。

その参考となる記事を今回も紹介したい。

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2021年03月12日

お見合いの歴史

現代は自由恋愛の末の恋愛結婚が主流になっていますが、戦前はお見合い結婚が主流でした。
お見合い結婚と恋愛結婚の比率が逆転したのは1960年代。リンク
では、昔主流だったお見合い結婚の歴史を見ていきましょう。リンクより

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1.お見合いのはじまり

歴史上、お見合いの始まりに近いといわれているのが、鎌倉時代です。
武家の間で、家の結びつきのための政略結婚が盛んに行なわれるようになりました。

しかし、この時代のお見合いは、武家・公家・貴族など、身分の高い家の風習であり、農民には許されていませんでした。
家の存続をかけて行なう戦略結婚では、決定権は男性側にあり、女性の役割は、裏切りを防止する人質のような扱いでした。

この頃に、今の仲人の原型となる「中媒(ちゅうばい)」と呼ばれる男女を合わせる人が登場します。
そして、政略結婚が盛んになると、お色直しや高価な引き出物、里帰りなどの風習もうまれました。

2.お見合いの語源
お見合いの語源は、「妻(め)取る」の意味をもつ、娶(めあ)わせること、「目と目を合わす」「妻合わせ」から由来します。
妻を合わせること、要するに、結婚させるという意味です。

■お見合いが広まった理由

鎌倉時代には、身分の高いものだけの風習だったお見合いは、時代の流れとともに変化をしていきます。
お見合いの時代の流れと変化についてお話します。

1.江戸時代の庶民の風習
この頃のお見合いでは、仲人役の人が、男女両家の釣り合いを見て、男性を伴い、女性の家を訪れます。
そして、男性は女性がお茶を出す様子や立ち振る舞いをよく見て気に入れば、出されたお茶を飲む、お菓子を持ち帰る、扇子を置いて帰るということが合図でした。
お茶にもお菓子にも手をつけずに帰る場合は、気に入らなかったということですね。
ここに、女性の意見を尊重することはありません。
男女の格差があった時代。良し悪しを決定するのは男性側でした。

また、それとは違うお見合いスタイルもこの頃にありました。
当人同士が向き合うという形ではなく、水茶屋(寺の境内や花見の時になどに設けられたお茶を出す簡素な店)や芝居小屋など、人の賑わうところで偶然出会ったという形を装ったそうです。

しかし、どのお見合いも自分たちの幸せのためではなく、家の幸せのための結婚であることが多かったようです。

そして、この頃の結婚平均年齢は
男性が25~28歳の間
女性が18~24歳の間

ちなみに、近年の平均初婚年齢は
<2015年現代の平均初婚年齢>
男性 約31歳  女性 約29歳

初婚年齢に対してもずいぶんと変化してきたことが伺えます。

2.戦前は70%以上がお見合い結婚
戦前の結婚率については、明確な統計はないものの、結婚の方法はほとんどが見合い結婚で全体の約7割だったといわれています。
恋愛結婚も全くないわけではありませんでいたが、戦前は婚姻に戸主の同意が必要だったので、恋愛で当人だけの勝手な結婚は事実上許されていなかったのです。
農家などは見合いの機会もなく、親同士の話しで決まってしまうこともあったといいます。

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2021年03月12日

支配から自主管理へ-8

前回、歴史をさかのぼって始原人類が自主管理の共同体から支配構造の社会に転換してしまったのかその経緯を探った。そこから見えてきたのは”自己正当化”という意識が元凶であること。個々人の意識もさることながら、民族としても自民族を正当化した観念として武装したことに誤りがあったといえる。

であれば、その誤りを正せばよいだけだ。現代に生きる我々にとって、この”自己正当化”は当たり前のように感じてしまうが、こういう意識は周りと意見が衝突したり、あたかも平等な競争原理に則って行動している場合でもしばしば頭をもたげる。しかし生物全般にとって、もともと生存闘争の場面ではそういう歪んだ意識は起こりえない。あくまで現実の状況にいかに対応するかに沿って行動しているだけに過ぎない。類人猿以降に進化し、集団間で闘争を行う状況に至っても、縄張りを維持することだけで殺し合いにはならない。

そうすると、”自己正当化”という意識から派生した唯一絶対の守護神、果ては恋愛感情、市場拡大絶対という価値自体を廃棄することが必要だ。それを塗り替えていくことで支配-被支配という構造から脱却できる。

そのカギは極限的な環境を生き延びてきた人類が持っていたと思われる”人類皆仲間”という意識にある。それは同類だけではなく万物に対して同化を試みて一体意識を持っていたがゆえに、探索志向から観念機能を進化させてきた命綱でもある。

 

その一端となる記事を紹介したい。

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2021年03月11日

白人(欧米人)の意識構造の解明(1) 牧畜によって何が変わったか?

ユーラシア大陸には大きくは、コーカソイドとモンゴロイドという2つの人種がおり、コーカソイドは印欧語族(白人)とセム族・ハム族(ex.アラブ人)に分かれ、モンゴロイドは北方モンゴロイドと南方モンゴロイドに分かれる。

近代世界は白人の世界征服によって形成されたと言っても過言ではない。しかし、それは近代になって始まったものではなく、数千年前から一貫して略奪性が高く、白人の原点に近いものである。

白人(印欧語族)の出自は、狩猟部族→牧畜部族→遊牧部族→交易部族という段階を経て略奪集団に至ったという流れを、どの集団も例外なく経ていると考えられる。だとすれば、牧畜→遊牧→交易→略奪の各段階で、何が形成されたのかを追求してゆけば、白人の意識構造の全貌を立体的に掴むことができるだろう。

★牧畜が登場して何が変わったのか? (リンク)より

それまでの原始共同体から、牧畜が登場することによって何が変わったのか?
狩猟→牧畜が登場した理由は、森林よりも貧しい草原において牧畜によって生産性を上げるためである。狩猟で食えるのであれば牧畜は登場しない。
農耕→牧畜というルートもあるという説があるが、それも狩猟部族に農耕が伝わって、部分的・補助的に農耕をしていた部族である。
∵牧畜の起源である追い込み猟→囲い込みは狩猟部族しかできない。

【1】これは栽培も同じだが、牧畜によってはじめて、常時蓄積された財が登場する。それ以前も例えば、洞窟に動物の死骸の骨を溜めることはあったはずだが、そこでは財という意識はなく、収穫物の蓄積財が登場してはじめて財産意識が登場したであろう。

【2】もっと大きな転換は、動物を飼い馴らすという自然の摂理に反する行為が登場したことである。
それまでは自然(動物)は畏敬の対象であり、生命をいただく代わりに感謝の念を捧げていたわけだが、その自然を人間が飼い馴らすというパラダイム転換が起きた。

牧畜では家畜を制御・統制する必要があるが、それはアメとムチによって家畜を支配することと同義である。また、去勢をはじめ性を抑制・管理してゆくが、それらは自然の摂理に反する相当残虐な行為である。このような家畜の制御・統制→アメとムチ→去勢という自然の摂理に反する行為を通じて、家畜を管理・支配する部族に残虐性が刻印されていった可能性も考えられる。

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2021年03月04日

支配から自主管理へ-7

前回の記事から、もともとの人類にとって、自主管理の集団こそが普遍的であり、支配構造で社会を構成するような国家のほうが特殊ではないかという示唆を与えられた。

現代では支配-被支配という理不尽な関係では人々は決して満足できない。では、なぜ支配構造による国家が形成されてきたのだろう?

その要因として、遊牧という生産様式があった。家畜を飼いならすという意識が急激な気候変動によって農耕を生業とする部族から略奪し、人を飼いならすことは容易に想像できる。至るところでそういった略奪が発生すれば、それまでの自主管理の集団ごとバラバラに解体されてしまい、略奪したならずものの勝者に依拠せざるをえなくなる。その勝者敗者の力関係が支配被支配の原型だ。生殺与奪は支配者に委ねられてしまった。

今回は逆に支配構造に至った経緯を探り、いち早く本来の自主管理体制に移行することが合理的であることを明らかにしたい。

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2021年02月25日

支配から自主管理へ-6

前回は、自主管理に求められる能力について述べさせていただいた。肝心なのは、知識として「なるほど」で終わらずに、実生活をいかに変えていくかという意識の転換で、実践してこそ身についていくものだといえる。実は、日本人にとっては真新しいことではなく、江戸時代にもみられる。人類史に拡張して俯瞰しても、極限時代にはあたりまえのことだったのではないだろうか。未開の地で生活している部族は支配のくびきを逃れ、自主管理を貫いている。

今回は、そのような実践事例を紹介したい。

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2021年02月18日

支配から自主管理へ-5

前回は、来るべき自主管理体制の社会において、どのような能力が求められるか紹介した。とはいえ、そういう能力を身につけるにはどうしたらいいのか?

もはや、学校にそれを期待している人はいないだろう。かといって自力でそれが身につくとも思えない。カギは仲間。そういう場で心を開きとことん熱中する。それは自己満足の次元ではなく、仲間が全員、満ち足りた状況になるにはどうするかという意識を持つことが芽生える。一見、子どものことのように感じられるが、実は何歳になってもこういう根本的な充足感が自主管理の原点であり、能力を培う仕組であるようだ。

そのような記事を紹介したい。

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2021年02月18日

恋愛観念は、日本にどのように広まっていったのか?~2~

前回の記事では、大正時代に「恋愛」「純愛」を教え広めたのは、「新聞」「ラジオ」「映画」という洗脳機関ということに焦点を当てましたが、今回はさらにその背景の構造に踏み込みたいと思います。
理由は特定の洗脳機関や作家の仕業というだけではなく、西洋発の華やかな市場化の進展と、恋愛観念を作り広めた文化人というものに共通する構造があると思われるからです。

当時、市場化によってお金の圧力が高まり、競争の結果として貧富の差(勝者と敗者の差)が生まれて、結婚は「顔(女)」と「金(男)」の交換取引のような功利的な面があらわれてきます。
そういう見苦しい現実に対し、非現実の「恋愛」「純愛」は現実を美化する働きがあり、補完する関係にあるものと考えられます。

明治末に完成した「家」制度の下では、資産の所有権と結婚を決める権限は家長(オヤジ)にあり、家と家長の状況次第で子の運命は決まってしまいます。どこまで裁量できるかはお金次第という訳です。
この状況下で家が決めた事に子に納得がいかない場合、子には反「家」的な自我が生まれますがどうしようもありません。
そこに恋愛の根っこがあり、ある特定の異性だけを美化して「この相手しかいない」「それは何よりも大切な事」と思い込む事で、恋愛が成立するわけです。

しかし、こういう「思い込み」は自然発生的にできるものではなく、恋愛小説や映画などによる疑似体験での強い共感充足によって、「思い込みの脳回路」が形成されて初めて可能になります。
この疑似体験を使って感化する手法は、ヨーロッパで開発された手法で、明治~大正時代の文化人(小説家や画家、音楽家、大学の先生)たちは、ヨーロッパ文化に(強く感化されて)これを学び、翻訳するだけでなく、(それは何より大切と思い込んでいるので)より強力な共感が得られるよう丹精をこめて日本風に焼きなおして発表し、広めていったものと思われます。

また、小説や映画は(当時としては新しい)印刷技術や映像技術によって広まるわけですが、ヨーロッパのルネサンス初期の小説の発祥と印刷技術の開発がセットであったのと同様に、明治から大正に掛けて輸入され、新聞は朝日、毎日、読売が100万部を突破していきます。

このような動きは一見バラバラに見えますが、日本への(戦争)資金の供与(借金)と、文化の育成というものが、西洋発の(金貸し発の)市場化への戦略であったと捉えれば、以下のように繋がります。
これは、西洋側からすれば、日本に戦争圧力を掛けてお金を貸付、日本をお金第一の功利的な社会にしていくとともに、一方で「西洋文化」というものを供与してやりさいすれば、(日本は自ら学んで)華やかな市場が出現するという構造です。

華やかな市場が出現

文化(人)の育成 → 見苦しい現実を美化 → 恋愛の刷り込み
↑↑        ↑           ↑↓
市場拡大の圧力 → 功利的な社会へ → 共認非充足と自我の発生

★大正時代は、国家による教育勅語的な洗脳と並行して、西洋発の市場化戦略の洗脳が急速に進展し、その勢いが一時的に上回った時期であったようです。

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