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2008年08月30日

「日本の婚姻制度は、どのように変遷してきたのか?(江戸~明治~大正~昭和~平成)Vol.3 大正編」

Very Happy シリーズでお届けしています「日本の婚姻制度の変遷」ですが、今回は「大正編」です。
「明治編」では、政府による法制化がすすめられ、男女の性関係が「良妻賢母」「貞操観念」などの観念によって、次第に窮屈なものへとなっていきました・・・。
その記事はこちら m117 http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000420.html


ではその後、大正時代に入りどの様になっていったのでしょうか?
仲間で調べ、議論してみました。

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m175 「モダンボーイ」
三つぞろえのダブダブのズボンに蝶ネクタイ、イギリス紳士ふうにコウモリ傘を持った二人


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2008年08月29日

北鮮の高句麗の婚姻制

日本人の起源に関係する遊牧騎馬民族匈奴の婚姻制は一夫多妻制で、嫂(あによめ)婚制、姉妹婚制を伴うものでした。
それが半牧・半農の烏恒・鮮卑では、略奪婚→婿入りして2年間労役→その後夫方へ嫁取り(その際、住居や生活用品は全て妻の家が整える)、というように母系に父系が入り込む折衷型となります。

では、北鮮の高句麗は?
高句麗(ツングースの夫余)は烏恒・鮮卑より母系色を強く残しており、後漢書では『妻問婚』と称しています。

後漢書の高句麗伝
婚姻は妻問い婚で、子供が成長した後に(夫の家に)連れて帰る

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2008年08月25日

記紀にみる兄妹婚

日本では、庶民の間では、戦前頃まで「夜這い婚」が残っており、性に対しておおらかだったことが明らかにされています。
一方、支配階級は父系制で窮屈という印象が強いのですが、今回は、記紀から天皇族の婚姻を論及している論文を紹介させて頂きます。
塞の神における兄妹相姦についての記号論的考察より

兄妹相姦の物語は世界的に普遍的ではあるものの、深い罪悪感を伴い、そのおおむねは当事者の異常な死をもって結末する。
ところが、東南アジア地域にあってのみは、それが肯定的に、微笑ましさと好感をもって語られていることが知られる。
このような兄妹相姦肯定文化圏とでも云うべきものの範囲は、東南アジア全般を中心として、中国西南部、および沖縄・奄美の西南諸島を経て、我が国の本州にまで広がっているもののようである。
この範囲は、ちょうど水田稲作の文化圏とほぼ一致する。あるいは、中尾佐助氏が提唱した照葉樹林文化圏、もしくは、鳥越憲三郎氏の云う倭族の文化圏と重なっていると見ることもできよう。

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2008年08月23日

初期人類は骨を食べていた!vol.8

初期人類は骨を食べていた>シリーズを読んで頂いているみなさん、ありがとうございます。

初期人類の生息環境は、豊か?or劣悪?>という問いからスタートしたこの<初期人類は骨を食べていた!>シリーズですが、このシリーズで、初期人類は劣悪な状況下、不適応存在として、その逆境から可能性探索の果てに、骨を主食とすることにたどり着き、進化を遂げてきた事がおわかりいただけたのではないでしょうか?

今回は、、『人はなぜ立ったのか?』『親指はなぜ太いのか-直立二足歩行の起源に迫る-』島泰三著より、骨を主食とすることで得られた最大の恩恵について紹介させていただこうと思います。
今日はちょっとしたブレイクタイムとして読んでみてください。 m030

では、続きを読む前にぱちっとして、500万年の旅に出発してください。
いってらっしゃいませ。 m071 m071 m071 m113
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2008年08月21日

首都圏は「弥生系」7割 日本人ルーツの研究に新手法、ミトコンドリアDNAから構成比

母親から子供に受け継がれるミトコンドリアDNAの型の分布から、「縄文系」「弥生系」の構成比を求める計算式を住斉筑波大名誉教授が考案した。2008年08月04日 産経新聞ニュースより紹介します。

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2008年08月20日

家族・婚姻に関する人類学の系譜3

『家族・婚姻に関する人類学の系譜2』で扱ったモルガン社会進化主義を論旨は、以下の3点にまとめられます。

 ①親族名称を比較研究することで、人類社会の歴史を類推できる。その結果、
 ②人類の社会は原初の時代から単線的に進化してきた(=社会進化主義)
 ③婚姻・親族については、原始乱婚→母系の集団婚→父系の単婚に転換した


元々社会進化主義は、イギリスを中心に発達した思想であり、産業革命を経たヨーロッパ人を進化の最先端に位置づけて発想されています。こうした時代背景の下、植民地支配を正当化する思想としての性格を帯び、更に人種差別観念に結び付いていきます。実際、人類学における未開部族の調査も、現地人が労働者としての資質を有しているかを目的とした側面があります。

そのような風潮の中、20Cに入ると、社会進化主義を批判する動きが出てくることになります。その代表格として、アメリカの人類学者F・ボアズ(1858~1942)と、イギリスの人類学者B・マリノフスキー(1880~1942)のニ人があげられます。

今回は、20C初頭、モルガン社会進化主義がどのように批判・否定されていったかを整理したいと思います。

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2008年08月19日

墓に見る日本人の共同性

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お盆も終わり、皆さん忙しい日々が始まっているかと思いますが、改めて日本の「墓」について調べて見ました。
現在、家族墓(○○家の墓)が一般的ですが、家族墓が作られるようになったのは極最近のようです。
 
 
壺齋閑話 「日本人の墓」からの引用です。
 
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2008年08月17日

霊長類の群れ社会の進化(3)~霊長類群れ社会の5つの社会型

『霊長類を見る視点』<前編> <後編>に続いて、現在の霊長類の群れ社会の「5つの社会型」を紹介します。

群れ(集団)を考える場合、まず雄と雌がどのような形で結びついているかが基底部となります。それをもとに現存するサルたちの集団のあり方(社会型)をみると「5つの社会型」に分類できます。

霊長類学者の河合雅雄著『人間の由来』(小学館1992)を参考に紹介します。

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2008年08月16日

初期人類は骨を食べていた!vol.7

<初期人類は骨を食べていた vol.1 vol.2 vol.3 vol.4 vol.5 vol.6>にわたり、『人はなぜ立ったのか?』『親指はなぜ太いのか-直立二足歩行の起源に迫る-』島泰三著より、「口と手連合仮説」に基づき、初期人類の食性に関して、紹介させていただきました。

改めておさらいですが、

vol.1で、初期人類が生存していたアフリカのサバンナでは、昼の炎天下 m005 の中で行動すれば、比較的に大型獣に襲われる危険から回避でき、栄養価の高く、競合相手のいない自然界のニッチとしての骨を採取できることがわかったと思います。

vol.2では、霊長類の中でも人類は、硬くて靭性の優れた分厚いエナメル質の特殊な歯 m251 を持っていることがわかったと思います。

vol.3では、犬歯が大きくない代わりに、上下、左右、前後、回転といった感じに自在に動かせるあご m252 を人類は獲得し、骨をすり潰すことができるようになり、骨食が可能になったとこがわかったと思います。

vol.4では、人類の手 m042 は、石を握り骨に叩きつけ、骨をを砕く為に適した形でなっていることがわかったと思います。

vol.5 vol.6では、島泰三さんの「口と手連合仮説」は、人類のみならず、霊長類全般にわたり一環した構造であることがわかったと思います。

今回は、骨を食べていた初期人類はなぜ直立二足歩行になっていったのか? いよいよ直立二足歩行の謎にも迫ってみたいと思います。
初期人類は骨を食べていた!実はこの骨食と直立二足歩行は大いに関係しているのです。

続きを読む前にぽちっとして、人類史の500万年の旅に出発してみてください。 m071
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2008年08月15日

人類進化の700万年(1)人類とは?何種類いた?

人類進化の研究は新たな化石の発見によって塗り変わって行っているが、最新の研究成果を素人でも分るようにまとめられた本がある。三井誠著『人類進化の700万年 書き換えられる「ヒトの起源」』講談社現代新書2005年9月。
最新の研究に基づく新常識とはどのようなものなのか(今後も塗り変わって行くでしょうが…)を紹介して、人類進化の全体像に迫っていきたいと思います。

人類とは?
次のうち、人類がチンパンジーとの共通祖先から枝分かれしたごく初期にもっていた特徴とは何か?複数回答です。
①脳の大型化、②複雑な言語の使用、③メスの発情期の喪失、④直立二足歩行、⑤犬歯の縮小
答えは次頁です。

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2008年08月14日

大正ロマンの「恋愛至上主義」  ~日本人は初めて「結婚」を「個人」の目的とした~

「恋愛」って言葉も、明治時代の輸入品 m021 「LOVE」の翻訳語です。
それまで、日本人は m021 「LOVE」を知らなかったのです。
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映画「タイタニック」からお借りしています。

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2008年08月13日

「お盆の墓参り」は日本独自の習慣

 お盆ネタをもう一つ…


 お盆といえばお墓参りですが、一年のうち決まった時期に先祖の墓に参ると言うのは日本独自の風習のようです。(他の国の仏教や儒教などは命日に訪れるのが一般的。)



なむ~

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お仏壇のはせがわよりお借りしました(リンク



 インドから中国、朝鮮半島を経て日本に伝わった仏教ですが、日本にだけあって外国にはない習慣がいくつかあります。そのひとつがお彼岸の行事です。
 お彼岸という言葉は「彼方の岸」と書かれているように、向こう岸をあらわしています。つまり、仏様が住んでいるあちらの世界のこと。インドではサンスクリット語で「パーラミータ」と呼ばれていました。
 反対に迷いや煩悩にあふれたこちらの世界を此岸(しがん)といいますが、なぜ特定の時期を「お彼岸」と称して特別な法要をしたりお墓参りをするようになったのでしょうか。(リンク

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2008年08月12日

「薮入り」と言う言葉が有りました。">お盆と言えば、帰省。昔は「薮入り」と言う言葉が有りました。

聞いたことがありますか?  m008 薮入り(やぶいり) m008 と言う言葉

「薮入り」とは七月十六日(旧暦)の行事。もともと、嫁が実家に戻る事を「藪入り」といっていたが、江戸・元禄の頃から奉公人が主人から暇を貰って故郷に帰る事をいうようになった。 「薮入り」の語源は、藪の深い故郷に帰るからという説が一般的であるが、父を養う為に生家に戻るから「養父(やぶ)入り」という説もあるそうだ。

江戸時代、丁稚(でっち)と言って、子どもたちは15歳前後から商家を選んで奉公(住み込みの働き)に出ていました。当時の奉公人たちは例年、お盆と正月の十六日には主人から小遣いをもらって、親もとへ帰ることができました。この休みを、「薮入り」と言いました。

丁稚奉公とは、商人の労働力確保の制度でありながら、一方で教育制度でもありました。

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2008年08月10日

霊長類の群れ社会の進化(2)~霊長類を見る視点<後編>

『霊長類を見る視点<前編>』に続いて、後編をお届けします。

前編では、
   ◆置かれた外圧状況を把握する を紹介しました。

後編では、
   ◆群れ社会の進化を塗り重ね構造として捉える を紹介します。

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2008年08月09日

霊長類の群れ社会の進化(1)~霊長類を見る視点<前編>

  『哺乳類の群れ社会の原型は、メス(母親)とその娘を核にした母系的な結びつき』
  『哺乳類 メス同士の結びつきから群れ社会が生じた必然性』
では、「哺乳類はメス同士の結びつきから群れ社会が生じた」事例や必然性を見てきましたが、今回から霊長類の群れ(集団)の形成過程を見ていきます。

霊長類の群れ社会の進化をたどっていくのに、霊長類学の成果を参考に進めていきます。ただし、『霊長類学の家族の起源』シリーズ(1) (2) (3) (4)で紹介されたように、現在の霊長類学の学説はスッキリと論理整合しません。そこには、「逆境⇒どうする?⇒新機能獲得⇒最先端機能に収束することによって個体も集団も統合される という生物進化の論理がない」のが、決定的な弱点ではないかと思われます。

そこで、本ブログでは、次の視点で霊長類の群れ社会の進化を見ていこうと思います。

   ◆置かれた外圧状況を把握する
   ◆群れ社会の進化を塗り重ね構造として捉える

もともと生物の群れ(集団)は外圧に適応するために形成されたものです。この群れ(集団)の成立構造の進化を原猿から真猿へとたどり、初期人類の集団がどのようなものだったのか?に迫る足がかりにしたいと思います。

今回は、その取っ掛かりとして、霊長類を見る視点を整理してみます。

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2008年08月07日

日本婚姻史12 寄合婚~明治大正昭和~

日本の婚姻制度(明治以降)が時代を追って投稿される予定とのことで、参考のため日本婚姻史11 嫁取婚~室町安土桃山江戸~の続きをざくっと紹介します。いろんな角度からの豊富なレポートを期待しています。

一 寄合婚のめばえ

寄合婚というもの
寄合婚とは、母系型でも父系型でもなく、男女が平等な人格と権利をもって自由結合する個人型の一夫一婦制をいう。欧米ではすでに数世紀を経過した形態だが、日本では明治から萌芽が見られ、昭和憲法以来表面化の過程にある。
婿取式は氏族が保障し、嫁取式は家が保障し、寄合式は社会が保障することで結実するが、社会保障は欧米においてもいまだ完備にはほど遠い。

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2008年08月02日

日本の婚姻制度は、どのように変遷してきたのか?(江戸~明治~大正~昭和~平成) 明治編

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「ボアソナード」 画像はウィキペディアよりお借りしました。
http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000415.html#more
に続いて、明治政府が男女関係にもたらした変化についてお送りします。

列強においつけ m003 m004
近代化を急ぐ明治政府は法律の制定を急ぎました。
明治政府は、お雇い外国人としてフランスよりボアソナードを招きました。
ボアソナードは日本に来る前はフランスのパリ大学の教授をしていました。
ところが、ボアソナード起草の民法に待ったをかけた「民法典論争」が起こったのです。

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