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2010年08月22日

日本人の可能性⑧~自然音を左脳で聞く日本人~

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こんにちは。
「日本人の可能性」シリーズ、第7回目をお届けします。
今回は“自然音を左脳で聞く日本人”というちょっと不思議なテーマです。
人間の脳には右脳と左脳があることで知られていますが、さて、左脳で聞くとはどういうことなのでしょう???
本シリーズではこれまでに以下の7つの記事から日本人の可能性を探ってきました。
日本人の可能性①~日本人の基点「勤勉」は、充足発の女原理
日本人の可能性②~西欧と日本の階層意識の違い
日本人の可能性③~西欧と西洋の民主制の違い
日本人の可能性④ ~共同性の差がもたらす東洋・西洋の観念体系の違い~
日本人の可能性⑤~日本人の持つ舶来信仰とは~
日本人の可能性⑥~”考えない日本人”のこれからの可能性はどこにあるか?
日本人の可能性⑦~なぜ、日本一国が、侵略を免れたのか?(先兵ザビエルの到来)~
これらの記事から分かってきた日本人の可能性の鍵を握る『同化能力』の秘密を解き明かしていくべく、今回は日本語の特性について調べていきたいと思います。

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その前にいつものをお願いします。

ありがとうございます。
それでは、るいネットの関連投稿から見ていきましょう。

<自然音を左脳で聞く日本語の凄さ>

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コチラから画像をお借りしました。
脳細胞をパソコンのハードだとすれば言語は基本ソフトOSである、は良く言われること。何を考えるにも言語を使って思考するからですが、もっと深くて、母語が何かによって、脳細胞のネットワークが変わってくる。基本ソフトを間違いなく効率よく動かすために、ハードが最適化されるわけです。
母音を言語脳である左脳で聞くために、同じような音である自然音まで左脳で聞くように脳を組織化している日本人。
子音をより明確に聞くため、子音のみを左脳で聞き、母音や自然音や音楽を右脳で聴く西洋人、アラビア人、中国人、その他大勢。母音を右脳で聞くため、まず右脳から音声が入り、それから左脳の言語野へ移動する。
そのため彼らは言語主体と、認知主体に断絶がある。だから必ず「I」と言う。日本人は認知主体も言語主体も連続しており、あえて言語主体「私」を発声する必要がない。
会話する人同士が周囲の状況を共有出来ている上で言語が成立します。あえて「私が」と言わなくて良いのです。
→168969
そして、言語は各民族の歴史風土から創られるもの。日本語は幸い、この日本列島でずーっと発達してきた。歴史風土と断絶が無い。ゆえに、音そのものにニュアンスがあることを日本人同士は了解している。これは世界では希な事なのだ。
また、言語は文字からも規定される。特に日本語は表意文字と表音文字の両方を使い、且つ海外から入ってくる概念をとことん翻訳しながら吸収したために、同音異意言葉が多く、漢字のバックボーンがなければ意味が判らない。
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常に漢字を頭の中でイメージしながらしゃべっている。ここから図象を扱う右脳と言語脳である左脳を同時活性化する。
文章と絵画の両方に秀でた才人が、普通にいるのも日本人の脳だからだ。
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言語脳である左脳で音楽も自然音も聞いてしまい、文章やマンガを読んで左右脳同時活性化させる日本人にとって、右脳マインド、左脳マインドは欧米人のものと少し異なるかもしれません。
何せ、小川のせせらぎを左脳で聞いてしまう脳ですから。
これらの特性はお互いに関連しているはずです。
これらが相まって、日本語と日本人の脳が出来上がっている。
明治期に日本語を捨てようとした動きがあったことは、考えればぞっとする。我々は日本語というOSがあって初めてこの日本人としての能力を発揮出来る。
小さな頃から子供を英語づけにしようとしているそこのお母さん!
気を付けた方がいいですよ、バイリンガルにはなっても、脳の性能は中途半端かもしれないですよ。

右脳で音を聴くということは「本能的に音を知覚している」ということかと思います。
それに対して、左脳で音を聴くということは「観念的に音を知覚している」ということになると思います。
例えば「ありがとう」という音声を右脳で処理すると「あ」と「り」と「が」と「と」と「う」という音の連続に聞こえるのでしょう。
それに対して左脳でその音声を処理することではじめて「あ、お礼を言われたんだな!」とその意味を知覚できる様になるのだと思います。
日本人が自然音を左脳で聞くということは、自然音を「自然が語りかけている言葉である」と認識しているからではないでしょうか?
また、日本語が認識対象と言語対象が分れていないというのも面白い話ですね。
例えば、「古池や 蛙飛び込む 水の音」という松尾芭蕉の俳句を読んでも、日本人なら古めかしい池に蛙が飛び込む姿や「ポチャ..」という小さな音を想像して風情を感じることができるのではないかと思います。

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しかし、私たちは実際に「蛙が古池に飛び込んでいる映像」を見たわけでも、「その音」を聞いたわけでもはありません。
にも関わらず、私たちがその映像や音を想像することが出来るのは詠い手の松尾芭蕉に読み手の私たちが同化しているからだと思われます。
また、松尾芭蕉自身も自然物である「古池」や「蛙」やそれを取り捲く環境全てに同化しているので、わざわざ「私が」という主語や「○○を」という目的語を入れる必要は無いのです。
「古池」も「蛙」も「松尾芭蕉」も「俳句を読んでいる私たち」もみんなが一体となっているから「風情」が生まれて気持ちが良くなるのではないでしょうか?
「私は、古池に、蛙が飛び込む音を、聞きました」ではあまり風情を感じられませんよね?
全ての自然物の語りかけに耳を傾けてきた日本人ならではの言語、それが日本語なのかもしれませんね。
一方、子音のみを左脳で聞き、母音や自然音や音楽を右脳で聞く欧米人は相手との距離を保ち、、「シッ!」や「ガッ!」などの威嚇する発音体系で会話を行ないます。
これは本源性を残した日本人と異なり、諸外国は掠奪~皆殺しにより、周りは皆敵という警戒心の強い時代が続いてきた事から必然的に自他の分化を求められ、言語脳や言語体系は自己の利害に関わる子音要素だけに過敏に反応するように特化(適応)させたのではないかと思われます。
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欧米では幼少の頃からディベートの練習を行ない、自分の言いたい事ははっきりと言うことを教えられるようです。
自分と対立した立場の相手を言い負かしたり、自分がより優位な立場に立つための説得や交渉を目的としているため子音要素の威嚇音を聞き分け、的確に切り返す必要があります。
日本人の『より分かり合い充足するための会話』とは大きな違いですね。
次回は日本人になじみの深い『漢字』の可能性から、さらに日本人の秘密に迫っていきたいと思います。

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>精霊を信仰していた彼らの「贈りもの」には、当然、「精霊」が込められていたはずです。
自分たちの崇拝する「精霊」を、相手集団に贈与することで、「人智を超えた価値や力の共有」を図ったのではないでしょうか。
注視することで、自然の背後に応望すべき相=手期待に応えてくれる相手=精霊を見た人類にとって、精霊とはいわば生存可能、実現可能性といえるもの。それは、誰にとっても何よりも価値がある。
同じモノであっても、その価値は集団によって異なるかも知れないが、人知を超えた精霊ならば、どんな集団にとっても価値がある。だから、友好関係の構築が、精霊が込められた「贈りもの」だったのでしょう。
贈与とは、「贈りもの」自体に意味があったのではなく、「贈りもの」をする事に意味があったともいえそうです。

  • さいこう
  • 2011年1月15日 22:00

共同体社会と人類婚姻史 | 原始時代の社会期待(7)~海洋民族の闘争回避【クラ儀礼】