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2010年12月13日

シリーズ『共同体社会と本源の心』 4 ~インディアン部族とは何か

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 画像は『【イコロイ族・オノンダガ国】オレン・ライオンズの言葉』よりお借りしました。
 このサイトでもイコロイ族の生き方が紹介されていますのでご一読下さい。
さて、シリーズ『共同体社会と本源の心』今回は4回目です。
 
本シリーズは、様々な地域の共同体社会における人々の意識を扱うことで、
人類本来の意識構造=本源の心とは何か?をあきらかにしようとするものです。

 
今回は “インディアン部族とは何か” という角度からの投稿を紹介しつつ明らかにしていきたいと思います。
 
まずは応援、よろしくお願いします。
          

 

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るいネットから「共存の困難さ」と言う投稿を幾つかに分けて紹介していきます。

 複合民族の共存は今後の課題ですが、少なくとも白人が到来するまでのオーストラリアでは、いくつもの民族と、異なった言語やライフスタイルをもった250あまりの独立した人間集団が、はるか昔から共存していました。
 アメリカ大陸においても同様で、共存関係が壊れた原因は明らかなのですが、それを“インディアン部族とは何か”という角度からの、ジェラルド・ウィルキンソン全米インディアン青年評議会議長の発言から紹介したいと思います。(1984年「第1回地球のいのちを守る国際会議」より。)
~以下、ジェラルド・ウィルキンソンの発言抜粋~
 部族についての理解を助ける3つの概念に触れます。
 第一に、空間としての『国』という概念です。白人は国というものが空間的な境界をもったものとしては認識されていないようです。もっと抽象的な観念、憲法により定められた政体、あるいは進歩の概念とでもいうべきものです。国土が太平洋地域に存在しているといった場所的な観念がないのです。
 それに対して、我々インディアンは存在と場所とを対比させます。この場所の内側において、インディアンの文化や生活が営まれ、霊的な価値や共同体が組織されるのです。
このような生活態度の違いから、我々は合衆国で生きてゆくのに大変苦労するわけです。
 第二に、インディアンは大地とある特別な関係を持っています。大地は単に人間が生活する場所であるというより、人間と大地の間には霊的な関係が存在するのです。大地にあるすべてのものは生命をもち、超自然的意味に満ちています。人間がある場所に長い間住めば、いつかその場所と特別な関係を結ぶことになります。これがまた現代世界と著しい相違になるわけです。


 
チョット分り難いので別の投稿を紹介して理解を深めます。
『土地とは私たちが考えるような造成、採掘したり、売買する経済的商品ではなく、自分たちの人生の師であり一緒に育っていった友であり、子供である。
ドリーミングストーリー(創世物語)の登場人物が繰り返しこの世に人間の姿で現れ、様々な義務を果たし、再び大地に戻っていきます。
このように大地は人々を一つに結びつけ、そこから水や食べ物を得るところの自分たちの生命であり、魂なのです。
だから、管理を任されている土地が荒れていないか、水場が汚れていないかと見て回りながら土地の面倒をみます。
その地をしばらく訪れることができなかったら、恋しくなったり元気でいるか心配でたまらない。もし、大地に何かが起きたら悲しくなったり病気になったりします。』
(るいネットの「アボリジニーの大地との関係」と言う投稿から抜粋しました。)
 
先住民の社会の富はお金や物にあるのではなく、共同体や伝統や特別の土地の一部であるという感覚、そういったものにあるのです。
 
再び「共存の困難さ」と言う投稿に戻って紹介します。

 第三に、インディアンの共同体は、相互に依存関係を持つ人々の集団なのです。共同体内では一人一人がそれぞれの役職、役割を持っています。もし誰かが共同体を離れるときは、その人は別の誰かにそれを引き継がねばなりません。人々のアイデンティティは固定的であり、相互に固定的役割関係を持っています。現代世界では、自ら創り出したアイデンティティを持ち、自己の求むるところに従って己をつくりあげますが、インディアンの世界では人々のアイデンティティは与えられるものなのです。
 インディアンの共同体にその力を与えているのは、人間相互の関係であり、それが共同体を動かしています。そのような共同体の類型こそ、我々インディアンが世界に贈るメッセージなのです。
~以上、抜粋終わり~
 白人と先住民族の共存は遠い道に感じられる。共存を阻んでいるのは白人の価値観の方にあるのだから。


この部分は以前、紹介した
「彼らは、自分が大地の一部であり、(大地と)同一であると考えているため、その大地の上に立つものは全て「同じもの」だと理解しており、ネイティブであるかどうかや、宗教に関係なくその認識を持っているようです。「大地に立つもの全て」であるので、獣や鳥、花や木々にまでその認識は及びます。」
「彼らは、何よりも、人々の意識(皆)=自分=現実であることを理解していたのだと思います。そのために、現実(皆の意識)と自分の意識を切り離して理解することが出来ないのでしょう。「大地に立つものは全て同じ」と言う考えは、世界=現実を理解する構造認識と言えるのかもしれません 。
「世界」と「自分」を切り離し、「自分が自分である理由」=自分らしさを追い求めて来た、現代人。しかし、そこには答えなどなく、空しさと孤独感だけが付きまとう。
しかし、「自分らしさ」と言う観念を持たない彼ら(ネイティブ)は、不安に怯えるどころか、常に自信に満ち溢れ力強く、存在不安の欠片も見られない。」という
『 「自分らしさ」を理解できない人々 』と言う投稿や上記の「アボリジニーの大地との関係」と同じだと思います。
彼らは、自分が大地の一部であり、(大地と)同一であると考えているため、その大地の上に立つものは全て「同じもの」だと理解しています。「大地に立つもの全て」であるので、獣や鳥、花や木々にまでその認識は及びます。彼らは「大地」や「仲間」との依存関係のなかで役割を担っていると考えていたのでしょう。
現代世界では自ら造り出したアイデンティティで自己を作り上げていきますがインディアンの共同体では人々のアイデンティティは依存関係を持つ「大地」や「仲間」から役割として与えられるものなのです。この認識は今後の日本や世界各国を統合するときに多民族が共存する為に必要になって来ると思います。

次回は日本の共同体について調べてみます。ご期待下さい。

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