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2011年01月21日

原始時代の社会期待(9)~人類はなぜ大地を耕しはじめたか?

原始時代の社会期待を扱ったシリーズ。
前回まで(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)は、狩猟・採取生産の時代の社会期待を扱ってきました。
今回から、農耕が開始されて以降の社会期待を追及していこうと思います。そもそも、人類はなぜ農耕を開始したのか?農耕の起源にせまっていこうと思います。

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◆未開民族が「貧しい」というのは誤り

 今日、世界の辺境と呼ばれる地域で、農業(牧畜も含める)を営むことなく、狩猟と採取で生計を立てている未開民族がいる。
 私たちは、メディアを通じて「貧しく飢えた発展途上国の人々」というイメージを植え付けられているから、狩猟採取に従事する未開民族は、貧しくて不安定な生活を送っているに違いないと考えがちである。
 しかし調査によれば、農業を行わない狩猟採集民が食物生産に費やす時間は、成人労働者一人当たり平均三時間から四時間である。残りの時間は、遊んで楽しむことができる。
 長時間労働を強いられ、過労死寸前の私たちにとっては、うらやましい限りで、農耕牧畜民族より、狩猟採集民族の方が豊かな生活を送っていると言ってよいぐらいだ。
 だから、例えば、アフリカの奥地に住む、食物獲得に費やす時間が平均二時間以下のハドサ族に、文明人が農業を教えようとすると、「この世にモンゴンゴの実(タンパク質に富んだ木の実。栄養価が高い)がこんなにたくさんあるというのに、どうして植えなければならないのか」と言って拒否したとのことである。
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【写真はモンゴンゴの実】
 彼らは、農業を知らないから農業をしないのではなくて、余暇を守るために農業を拒否したのだ。
るいネット『人類はなぜ大地を耕しはじめたか?』より引用

◆人類は、やむをえず農業を始めた

  人類が食料を能動的に生産するようになったのは、氷河時代が終息した頃からだと考えられている。ウルム氷期が終わり、完新世(かんしんせい)が始まる局面で、地球の気温は大きく上昇したが、単調に上昇し続けたわけではなく、何度か寒冷化のゆれ戻しを経験している。
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挿入グラフは『先史時代ワールドモデルの構築』(北海道東海大学 原俊彦教授)より
 中でも、最大規模の寒冷化をもたらしたのは、11000-10000年前のヤンガードリアス寒冷期である。
 ウルム氷期以来北米を覆っていたローレンタイド氷床の融氷水は、11500-11000年前までは、ミシシッピー川を経てメキシコ湾に流れていたが、11000年前頃、東側にあったマルキュティ氷河がなくなったために、セントローレンス川を経て、北太平洋に流れ込んだ。その結果、北大西洋の海水は、塩分濃度が薄まり、密度が小さくなり、これが深層海流の動きを止めてしまい、10年間で8-15度というスピードで気温を低下させた。
 その後、氷河の再結成により深層海流が復活し、温暖化が再開するが、この急激な寒冷化は、当時の人類経済に大きな影響を及ぼしたに違いない。
 事実、西アジアの「肥沃な三日月地帯」の場合、11800-11000年前のアレレード温暖期の遺跡から野生種の植物が出土しているが、ジェリコやアスワルドなどのヤンガードリアス寒冷期の遺跡からは、栽培種の小麦や大麦が大量に出土している。
 温暖期に人口を増加させた狩猟採取経済が、突然の環境悪化で重大な危機に直面したと想像できる。寒冷化による資源の減少が、人々に農業を強いたのである。
るいネット『人類はなぜ大地を耕しはじめたか?』より引用

上述のように、ヤンガードリアス期という急激な寒冷化(危機)に直面したことが農耕(栽培)の始まりだといえます。
従って、農耕開始を社会期待という位相で捉えた場合は、やはり生存期待ということになるのでしょうか!
今回は人類史的な視点で農耕の起源にせまったため、舞台は西アジアでしたが、次回は日本にスポットをあてて社会期待と農耕の関係をみていこうと思います。

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いつも楽しくワクワク拝読させて頂いております。大変勉強になります。
シリーズ「モンゴロイドの歴史」7~中国における社会統合原理の劇的な大転換~で【原中国人(O1・O2)】【新モンゴロイド(O3)】の動きが理解できます。ここで教えて頂たいのはチベット族は(O)なのでしょうか?(D)なのでしょうか?チベット族は黄河上流域、長江上流域に文化を築いていますが、(O)か(D)か又は(O)が慣例によりチベット高原に南下して(D)と混血したかにより、出自が変わってきます。よろしくお願いいたします。             今泉

  • imaizumi akira
  • 2011年11月15日 14:22

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共同体社会と人類婚姻史 | シリーズ『モンゴロイドの歴史』番外編~日本語に宿る南方モンゴロイド気質

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