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2007年08月30日

塩味の民族学-しょっぱいはおいしい-

m064 ishige.jpg人間の生存にとってなくてはならない塩ですが、食塩という形で外部から補給するようになったのは、農業という重労働で汗をたくさんかくようになってからのようです。石毛直道国立民族学博物館名誉教授(農学博士:右写真)の塩味の民族学-しょっぱいはおいしい-講演会より紹介します。

動物の乳、肉、血から塩分を摂る民族
サルは塩なしで暮らしています。実は人間も、塩を知らない民族というのは世界中にたくさんいます。例えばアフリカの有名なマサイ族。彼らはウシを飼って、ウシの乳を飲んだり肉を食べている牧畜民ですが、塩を摂りません。必要な塩分はミルクから摂っているようです。

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2007年08月28日

東洋と西洋 ~ 農村の違い「初夜権」とか

 日本の農村においては、士農工商の身分制度の中にあっても夜這い婚や様々な共同作業(水路管理、祭り)を通してある程度村落共同体としての独立性が保たれていました。

 これに対して、西洋の農村では荘園領主による農奴の囲い込みが行われていました。農奴は奴隷とは異なり私有財産は認められていましたが、その行動はかなり制限されていたもののようです。
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2007年08月23日

江戸の庶民は、堅苦しい見合いは嫌だったようです。

江戸時代の庶民の結婚。適齢期を見てみると、男の結婚は二十代半ばから三十代前半くらいで現在と余り違いが無いのに対して、女の結婚は二十歳前後で結婚するのが普通だったといわれています。なので、女性の方はかなり早い結婚だったといえます。

結婚に至るまでの経緯は、庶民は意外と自由恋愛が多かったといわれています。

『江戸町民の生活』からの引用

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2007年08月22日

共同生活を営む江戸庶民のトイレ事情とは?

江戸の裏長屋の生活を見ると、なんと狭いスペースにいろんな人達が仲良く暮らしていたようですね。 Very Happy 寝泊り以外の生活の多くを共同で使っていたようですが、では一体トイレ事情はどうだったのでしょうか。まさか現代のように水洗トイレ・・・・?ということはなかったようですが、しかしここにも当時の人々の知恵が生かされているようです。

今日はどうぞ食事の前にお読みください。 m071
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2007年08月21日

江戸の自治組織「木戸番」ってどんな人?

江戸の長屋事情vol.2?です。
昨日koukeiさんが長屋の共同体を紹介して頂きました。人情溢れる感じがして、できればタイムスリップしてその生活に触れてみたいものです Wink Wink

さて、その江戸には町人が50~60万人いたとも言われており、その治安は町奉行(他、町年寄)が受け持っていました。しかし、その数は町人に対してかなり少なく、とうてい管理できるものでは無かったようです。
そこで機能していたのが長屋の共同体=自治組織です。
屋主(大家)・店子(テナント、借屋主)が組織したり雇ったりしたのが tikara 「自身番」や tikara 「木戸番」です。

さて前置きが長くなりましたが、この自治組織の最末端である tikara 「木戸番」の役割について紹介したいと思います。

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↑木戸番・夜の顔   ↑長屋での生活(「登別時代村」HPより)

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2007年08月20日

江戸庶民は、長屋の共同体で、精神的に豊かに生活していた。

江戸時代の中期以降は、生産力が上昇して江戸の都市は市場経済が拡大し100万人都市となっていたようです。江戸周辺の地方からは多くの労働力としての人材が江戸にやって来ました。その多くは農家や漁師の次男や三男などです。そして、彼らが住んだのが落語でもおなじみの m187 「裏長屋です」。此処では「大家と言えば親同然。店子と言えば子供同然」と言うことが言われます。それは、、、、
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2007年08月19日

母系社会:サタワル島の子育て~『子どもはみんなで育てる』

『出産・子育ては集団全体の課題』に引き続いて、妻方居住の婿入り婚をとるミクロネシア、サタワル島の母系社会の子育てを紹介します。

Image-48142B5F786911DA.jpgサタワル島の子ども達

母系社会では、血縁の結びつきが重要視されますが、実は親子の関係は必ずしも「生みの親と子」だけに限定されません。「養子」が頻繁におこなわれ、実親以外に養親をもつ子ども達が沢山います。そこには『子育てはみんなでするもの』という規範意識があるようです。

サタワル島の人々がどんな意識で、自分の子どもを「養子」に出したり、「養子」をもらい育てるのかを紹介します。

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2007年08月18日

縄文人とラピタ人の謎

以前、ラピタ人って? ラピタ土器って?に、「海のモンゴロイド集団」ラピタ人と縄文人との土器文化による共通項に触れましたが、他にも類似性を表す事例(風習や祭儀etc・・・)がいくつかあるので紹介します。
このラピタ人ポリネシア人だけでなく、メラネシア人ミクロネシア人といった南太平洋の民族のすべてのルーツであると言われています。
謎に包まれたラピタ人ですが、われら祖先の縄文人と、なんだかの深い関係性があったようです。遠い昔、海を渡って長い旅(航海)に旅立った我ら祖先がいたのかもしれません。
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テレビ東京・編の「海を越えた縄文人」より要約、抜粋しました。
以下、縄文人とラピタ人の類似点

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2007年08月17日

【図解】交叉婚って何?(4)::トロブリアント諸島編

交叉婚って何?(3)に続き、今回はクラ交換で有名なトロブリアント諸島の交叉婚を追求してみたいと思います。

トロブリアント諸島の婚姻は、母系なのに嫁入り(?)するという、世界に分布する交叉婚の中でも極めて特異な事例です須藤健一著『母系社会の構造 サンゴ礁の島々の民族誌』を参考に、図解化を試みながらその構造を探ってみたいと思います。

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2007年08月16日

日本婚姻史11 嫁取婚~室町安土桃山江戸~

日本婚姻10 擬制婿取婚~鎌倉南北~のつづき。ついに嫁取婚=家父長婚に転換します。

嫁取婚のおこり
嫁取婚の遠い前兆は、母系氏族制の胎内における父系観念の発生にあった。そして事実上の発芽は長い婿取婚の内部でいろんな外貌をとって現れた。日本婚姻史7 前婿取婚~飛鳥奈良平安(初)~スエ婚は形の面で、日本婚姻史8 純婿取婚~平安(中)~以降の略奪、召上、進上婚は形質両面で特筆すべきで、婿取婚の終滅期の擬制婚は形の面ではほとんど嫁取婚であった。

こうしてみてくると、嫁取婚を担ったのは、武家層の略奪、召上、進上婚であり、スエ婚や擬制婚は、形だけ順応し、原理的にはそれに抵抗していた保守的婚姻形態だったといえよう。

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2007年08月15日

「人類の起源」番外編;サル時代の婚姻様式は?

m267 『人類がチンパンジーと同じ祖先(真猿類)から進化してきた』ということについては、色んな学会でもほぼ‘定説’になりつつあるということで、あまり問題は残っていないと思います。
しかし、サル→人類に進化当時の婚姻様式については、どうもはっきりしないようです。

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↑真猿の進化系統樹(別冊日経サイエンス151「人間性の進化」より)

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2007年08月14日

東洋と西洋~事実認識の違い~医学の事例~

2007年07月04日のsinkawa さんの記事で、東洋人と西洋人の視覚上の違いに関する内容が投稿されています。

それを読んで、似たような傾向が見られる東洋と西洋の違いを思い出しました m244 。それは、私たちの身体と疾病を解明する「医学」。東洋医学と西洋医学は、驚くほど正反対のものの見方をします。

さて、どんな違いでしょう?
ということで、今日は、「東洋医学」と「西洋医学」のお話し。
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2007年08月13日

ことわざに見る日本と西洋の違い

日本と西洋のことわざの違いについて記述した面白いサイトを見つけましたので紹介します。
ことわざは、庶民の暮らしの様子や人々の意識そのものを表したものかと思います。
なかなか興味深い内容です。
                (↓クリックすると大きくなります。)
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「借りる」ことが日常生活だった
ことわざに見る、日本人のレンタル観
 より。

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2007年08月12日

「三くだり半」とは妻(女)にとって哀れな書状だったの?

『三くだり半』とは離縁状の代名詞であり、それを差し出された妻は哀れそのものというイメージが、定着されていました。 Sad
しかし、高木侃氏による離縁状の分析から見えてくるのは、その多くが男(夫)からの一方的(専権的)なものとは違い、妻に対して配慮があった(非専権的)とされる記述が紹介されており、当時のおおらかな男女関係を重ね合わせてみても、そちらの方がイメージに合い、「妻は哀れそのもの・・・」というイメージはそぐわない事が分かります。 Confused
(参考:江戸時代の結婚~制度から見た男女の地位~

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「↑三下り半」

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2007年08月11日

出産・子育ては集団全体の課題

現在では、出産や子育ては、ほぼ個人の課題である言ってもよいと思いますが、かつての共同体社会では集団全体の課題として捉えられていました。次代を担う集団成員の誕生ですから、当然と言えば当然です。
以前紹介された、ミクロネシア、サタワル島でも、子どもの出産は島全体の重要な行事に繋がっていました。


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2007年08月10日

先祖に感謝し、まだ見ぬ子孫への期待を込めて山桜を植える人々

『「いのち」~共同体社会の生命観(青森では)』に続いて、共同体社会の自然観、生命観を紹介します。

少し前の日本の村落共同体でも、日々の生活や課題を通じて、“いのちは個人を超えて開かれ連続している”とうい意識が、人々の間で共有され継承されていました。

先祖に感謝し、まだ見ぬ子孫への期待を込めて山桜を植える人々を紹介します。

ki2yosino2.jpg(山桜の群生)

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2007年08月09日

100余年間だけが、日本では婚前交渉が非難された!

 新書マップ 29.歴史 江戸時代の結婚・家族・歴史 読書ガイドから

『江戸の花嫁 : 婿えらびとブライダル』(森下みさ子著、中公新書)は、結婚事情を通して、江戸時代の社会と女性像を描写する。

森下が描く江戸時代もまた、婚前交渉など以ての外、夫の顔も知らぬまま結婚するのが当たり前だった戦前とひと続きと疑っていない者にとっては、驚きの連続である。

現代でもそうした側面が強く残っているが、江戸時代において結婚は個人の結びつきではなく、家と家のものであり、恋愛などという甘っちょろいものが入る余地はなく......


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2007年08月07日

江戸の女子教育は男よりも高水準だった?!

『以前から様々な人が言っているが、江戸時代の社会の実態は、もの凄く誤解されているそうである。江戸時代といえば「貧しい農村」である。百姓は厳しい年貢に苦しみ、喰うに事欠き、赤子は間引きされ、娘は苦界に売られていく、と相場は決まっている。

教育やテレビの力というものは恐ろしいもので、今さらそんなことを言われても、小学校や中学校で習った歴史や『水戸黄門』が描く歴史像からは、なかなか抜け出すことができない。

女性の地位についてのイメージも例外ではない・・・・
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2007年08月06日

日本人の「裸体と性」、江戸時代から幕末の西洋人の目にはどう映ったか?

こんにちは。
koukeiさんが投稿されていた渡辺京二さんの『逝きし夜の面影』より、今日は江戸~幕末時代の庶民には当たり前だった【混浴】をもとに、西洋人の目にそこで見た光景がどのように映ったかを紹介してみたいと思います。

私自身もビックリ Shocked
なかなか現代の日本においても見られなくなった光景がそこにはあったようです。
少しタイムスリップしながら、当時の庶民になりきってご覧になってください。

いつものように応援の方もよろしくお願いします。 tikara nihi
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2007年08月05日

「いのち」~共同体社会の生命観(青森では)

>“「いのち」は個体の枠を超えて他の個体とは無限に関連していて、「いのち」は決して個体に閉じ込められるものではない”という生命観を共有する仲間の存在がその基盤となっているのだと思います。(ヘヤー・インディアンにおける「いのち」~共同体社会の生命観 より)

この生命観は、共同体社会には共通するものなのかもしれません。
青森市在住の民族研究者、田中忠三郎さんの記事で青森の事例を紹介したいと思います。
縄文の世界・生活と文化

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2007年08月04日

アボリジニのドリームタイム(創世記の神話世界)―2

ドリームタイム(創世記の神話世界)―1に引き続き、アボリジニが自然の背後に見た精霊の世界を各あらすじ程度ですが、紹介します。

ドリーミングストーリーは、親から子へ語り伝えていくと共に、祭儀の場でも踊りや歌と共に伝承されていきます。

本来のアボリジニの祭儀には部族外の人は参加できませんし見ることも許されませんが、年に一度一週間に亘って開かれるアーネムランドのガーマフェスティバルには、紹介制により日本人でも参加することが可能です。
そこでは、それぞれの部族が、踊りや歌、そしてイダキ(yidaki)の演奏によって,それぞれのドリーミングストーリーが披露されます。下記サイトに入って頂けると、ガーマフェスティバルの雰囲気を垣間見ることが出来ます。
GARMA FESTIVAL SITE(ガーマフェスティバル公式サイト)
よかったら覗いてみてください。
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では引き続きアボリジニの精霊の世界観に触れてみてください。 Very Happy

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2007年08月03日

アボリジニのドリームタイム(創世記の神話世界)―1

【図解】交叉婚って何?(3)::スキンネームの謎に迫る を受けて、ドリームタイムについて少し書いてみたいと思います。

オーストラリア先住民アボリジニには、ドリームタイム(創世記の世界)を語るドリーミングストーリーという口承による昔話(神話)があります。
人々はドリーミングストーリーによって、自然の世界観を学び、生き方を学び、規範を学び、共に生きる意味を学びます。
ドリーミングストーリーには、原始人類が自然の背後に精霊を見出し、様々な自然外圧を対象化し同化を試みた様が窺えます。
今日は、原始人類アボリジニの世界観、ドリーミングストーリーの各あらすじを掻い摘んで紹介したいと思います。

(上図はアボリジニの集団分布図です。下記ドリーミングストーリーの地域をご確認頂けます。)

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2007年08月02日

【図解】交叉婚って何?(3)::スキンネームの謎に迫る

交叉婚って何?(2)に続き、今回はアポリジニの交叉婚を追求してみたいと思います。

オーストラリアの先住民を総称してアポリジニといいますが、その語源はラテン語で「はじめから」の意味を持つ「アブ」と「オリジン」が合わさってできています。
『アポリジニの(半族→クラン→スキンネーム)』でも取上げられていますが、アポリジニの交叉婚を理解する上で重要なキーワードは“半族”です。半族という概念と交叉婚の仕組みを『世界観の人類学』(蛭川立氏)を参考に、図解化を試みながら考察してみたいと思います。

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2007年08月01日

日本婚姻史10 擬制婿取婚~鎌倉南北~

12000680_TakamuraItue.jpg日本婚姻史9 経営所婿取婚~平安(末)~のつづき。とうとう群婚にはじまる全原始婚の最終段階、擬制婿入婚を迎えました。写真は『日本婚姻史』の著者:高群逸枝。熊本の文学者たちより。

擬制婿取婚というもの
承久の乱(1221)ごろから南北朝(1336)ごろまでにみられる擬制婿取婚は、文字どおり婿取婚を擬制するもので、内実は夫家の本第に妻を迎え入れるもの。夫家の本第を妻の領と観念し、従って妻と不同火族である夫方の一族の退居を要求し、しかる後に夫を婿とる方式の婚礼である。

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