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2008年09月27日

初期人類は骨を食べていた!vol.10(主食をめぐる様々な仮説紹介)

初期人類は骨を食べていた!vol.9(ヒトとサルの足の構造)で、次回、直立二足歩行の謎における様々な学説を紹介しますと言いましたが、その前にこれまでの初期人類の主食を巡る考え方の流れを少し紹介しておこうと思います。

初期人類の主食な解明は、sachiareさんによって展開されつつある<洞窟に隠れ住んでいた初期人類たち>シリーズでの生存環境を探る上でも、非常に重要な視点になると思われるので、<初期人類は骨を食べていた!>シリーズでも、これまで様々な学者が過去に、初期人類の主食に対して言及している視点、あらためて紹介しておこうと思います。

島泰三さんの「口と手連合仮説」は、「歯列の表面が平らで、臼歯のエナメル質が厚く、すり潰しシステムのある頑丈なあごと、しっかり握りしめる手をもつ直立二足歩行類人猿のニッチは何か?」という観点から、主食が「骨」であることをつきとめていますが、それ以前にも様々な学者が、初期人類の主食の解明にあたっています。

イラスト:『人はなぜ立ったのか?』島泰三著より
では、500万年前の人類に思いを馳せ、同化する旅に出発する前にぽちっとお願いします。 m071
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2008年09月23日

ヒト社会の原型について---江守五夫「母権と父権」を読んで---

ヒト社会の原型については、人類学や民族学の立場からさまざまな見解が提出されているが、血縁どうしのメスの結合による母系社会がまず成立し、その中に父系社会が胚始したとする「進化主義」の親族理論が有力である(江守)。また、霊長類学の立場からは、伊谷、河合や山極がメスの集団化の重要性を指摘している。なかでも河合は、草原性ヒヒ類をモデルとして、複数オスが入り込む母系的な集団を核とした重層的な地域社会の成立を人類社会の原型としてとらえている。

 ※上の文中で紹介されている著者と書籍
    ・江守:江守五夫「母権と父権」
    ・伊谷:伊谷純一郎「霊長類の社会構造」「霊長類社会の進化」
    ・河合:河合雅雄「人間の由来」
    ・山極:山極寿一「家族の起源」              さいこうさんのエントリーより


 さいこうさんのエントリーを読んで、ヒト社会の原型について興味が沸いたので、江守五夫さんの「母権と父権」を読み、ネットで母権制について調べてみました。

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2008年09月22日

DNAでたどる日本人の成り立ち3 アイヌ民族

DNAでたどる日本人の成り立ち2 人口構成比の試算に続いて、アイヌ民族の成り立ちを見ます。崎谷満著『DNAでたどる日本人10万年の旅』より。
かつてアイヌ人=縄文人=沖縄人と言われていたが、Y染色体DNA分析ではまったく異なる系統であることが分ります。アイヌは 1にあるように(十分なデータが得られていないので正確なこと不明だが)、シベリア系のC3系統が12.5%と多く残り、縄文文化の担い手D2系統が87.5%で二系統のみ。江南系のO2bや漢人系O3がない。さらにアイヌ文化は2300年前以降の江別文化を母胎にして13世紀に成立した非常に新しい文化でもあります。

北海道の考古学的時代区分
Ⅰ.後期旧石器時代:約2万年前から約1万3000年前まで
Ⅱ.新石器時代:約1万3000年前から約2300年前まで
Ⅲ.続新石器時代:約2300年前から紀元後7世紀ごろまで
Ⅳ.オホーツク文化・擦文(サツモン)文化並立時代:紀元後7世紀から13世紀まで
Ⅴ.アイヌ文化時代:13世紀から現在まで

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2008年09月20日

阿波地方の「夜這い婚」~盆踊りと「ボボイチ」

このブログでもよくとりあげられている「夜這い婚」ですが、今日は徳島県・阿波地方のかつての村落共同体にみられた「夜這い婚」を紹介します。

徳島県立図書館HPの「デジタルライブラリ」のコーナーで、阿波学会の発行している『阿波学会紀要』の見ることが出来ます。。

阿波学会とは、県内の総合学術調査を行うために、徳島県立図書館が中心になって徳島県内30の学術団体を糾合した学会連合。毎年1市町村を対象として調査を行い、その成果は12月に対象市町村で開かれる発表会で報告されると同時に、『阿波学会紀要』として刊行されています。『阿波学会紀要』は、聞取り調査・文献調査などにより、かつての徳島県の村落の様子を記録した資料です。第1号の発行が1954年、最新号は2007年に発行された第53号です。

紀要には「婚姻習俗」に関する調査報告が8件あるのですが、興味深いことにどの調査にも「ヨバイ」の風習があっとこが当たり前のように書かれています。かつての阿波地方の村落共同体では「夜這い婚」は普遍的な婚姻様式であったようです。

今日は、郷土研究発表会紀要第22号(1976発行)『神山町周辺の婚姻習俗』から「夜這い婚」の記録を紹介します。神山町周辺には、「ヨバイ」のほか、盆踊りで行われる「ボボイチ」と呼ばれる性規範があったようです。

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2008年09月17日

朝鮮半島における共同体社会(1)

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東洋と西洋。

これまで、日本の農村社会(惣村、用水利組合など)やヨーロッパの農村社会(領主裁判制、三圃式農業など)について見てきました。
(詳しくは、CATEGORIES D 東洋と西洋をご覧下さい。)

そこで今回は、日本のお隣、朝鮮半島の農村社会について探ってみたいと思います。

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2008年09月15日

カテゴリーに『日本人の起源』を設けました

このところ『日本人の起源』を追求していますが、ぴったり当てはまるカテゴリーがないので新たに設けることにしました。
米国発の経済破局が押し迫る状況にあって、新しく世界をリードするのは日本しかないと思われますが、果たして可能なのか、どうすれば可能になるのか?そのためにも日本人の起源にさかのぼって成立構造を探る必要があります。

Y染色体DNA分析が比較的使えそうとの見通しの下で(どの程度使えそうかはリンク先『生物史から、自然の摂理を読み解く』、まずはミトコンリアで追求中です)、日本列島への流入経路および系統別の人口構成比を試算してみましたが、まだまだ改良余地があり、系統別にどのような人々だったのか、流入時期や人数は考古学的あるいは歴史的事実と整合するのかといった検証も残っています。例えば、大陸の時代別・地域別の系統分布や流入経緯、彼らの生産様式、社会構造、文化、婚姻制など、さらに流入後の日本列島での営為の追跡など――具体的には、日本人の基層を形成したと思われる縄文人や弥生人、支配層である天神、国神、帰化人たち(後の武士階級も?)など。
また、北海道(アイヌ)や沖縄は本土とまったく違った歴史をもっているので、この際明らかにしておいたほうがよさそう、といった課題もあります。

以上、既存のカテゴリーに加えて、『日本人の起源』をよろしくお願いします。

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2008年09月13日

生産様式の進化;農耕と牧畜の起源

人類は約7百万年前にアフリカ大陸に登場し、そこから4段階にわたって他大陸移動を試み、約1万年前に地球上各地に拡散~適応してきた過程を追ってきました。この中で、人類においても【逆境こそが進化の源泉】であり、大陸を跨る大移動も、生き残りをかけての『決死行』であったことが推察できます。

この時代は「旧石器時代」と呼ばれることからもわかるとおり、木の実や貝を採ったり、骨を加工した銛(もり)で魚を漁ったり、小型の草食動物を手槍で狩ったりする『採集生産』によって食料を得ていた(後期になるとマンモスなど大型獣も狩っていたという説もある)ようです。

しかし、‘ねぐら’としていた洞窟を出て食料採集に出かけることも、いつ襲ってくるかわからない外敵に怯えながらの『決死行』に違いなかった。みな手槍など防衛のための武器を携え、見張りを立てながらの『密猟(漁)』行為に近かったのではないかと考えられます。(『初期人類は骨を食べていた』『洞窟に隠れ住んでいた初期人類たち』も参照してください)

約1.5万年前、飛び道具=弓矢を発明して、ようやく肉食獣と互角に渡り合えるようになります。
(余談ですが、槍は1本しか持ち歩くことができないので、それを投げてしまうこと=投げ槍=諦めることを喩えるのも頷けます。)

弓矢発明以降の人類は、洞窟を離れ食料採集に有利な位置に居住するようになると共に、それまでの極限時代に鍛えた観念機能を活かして【植物の栽培⇒農耕】や、【動物の飼育⇒牧畜】など、生産様式をどんどん多様に進化させていきます。

これ以降は、考古学遺跡などが発掘調査されているので、以前の“なんでや劇場”で整理した成果を紹介します。

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2008年09月11日

DNAでたどる日本人の成り立ち2 人口構成比の試算

DNAでたどる日本人の成り立ち1で、崎谷満著『DNAでたどる日本人10万年の旅』より、Y染色体のDNA多型分析による日本人の成り立ちを概略押えたので、それをもとに日本人を構成する人々がいつ、どれくらいやってきて、どのように増加していったのかの試算を行いました。想定の仕方によっていくつもの試算パターンがあり得ますが、ここでは1パターンのみを示します。

九州、四国、本州の平均値と思われる構成比を以下のように想定しています。
各地域の単純平均より、東京の人口比の大きさから東京比率をやや重視した比率にしています。またO3系統のうち漢民族に特異なO3eは、上記著書では「東京で9%」という記述のみで他の地域は不明だが、無視できない比率であり、かつO3とO3eは流入時期および民族が異なるので、分けて試算しています。O3は縄文後期に雑穀農耕を持ち込み、O3eは古墳時代以降の支配氏族。

              九州  四国  東海  関東  東北     平均値
                   徳島  静岡  東京  青森     (想定)
C3(旧石器シベリア)   8   3    2    2    0   C3   3
C1(縄文期貝文文化)   4   10    5   1   8   C1   5
D2(縄文文化)       26   26   33   40  39   D2  34
N(ウラル系)         4    7    2    0   8        3
O2b(長江文明)     32   33   36   34  31   O2b 33
O3(華北)         26   21   20   23  15   O3  14
                                     O3e  8

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2008年09月09日

「女性は結婚しなくても幸せ」55%、「結婚した方が良い」65%

 「女性は結婚しなくても幸せ」55%…読売調査より

「女性は結婚しなくても幸せな人生をおくることができる」と思う人は55%で、「そうは思わない」は39%にとどまることが、読売新聞社の年間連続調査「日本人」でわかった。
 
1978年の調査では「女性は結婚しなくても幸せ」という考えに賛成の人は26%に過ぎず、「反対」が50%を占めていたが、この30年で結婚への意識は変化した。

 今回の調査は「結婚観」をテーマに9、10日に面接方式で実施した。
 「結婚したら男性は仕事、女性は家庭のことに専念するのが望ましい」と思う人は30%で、「そうは思わない」は68%となった。「男性は仕事を追い求め、女性は家庭と家族の面倒をみる方が互いに幸福だ」という意見への賛否を聞いた78年の調査では、「賛成」71%、「反対」22%だった。

 ただ、「人は結婚した方がよい」と思う人は65%で、「必ずしも結婚する必要はない」の33%を大きく上回り、結婚そのものは肯定的に受け止められていた。「結婚した方がよい」は、5年前の03年の54%から11ポイント増え、結婚は望ましいと考える人が急増した。

(2008年8月27日03時06分 読売新聞)

この意識潮流はどういうことなのか?考えてみました。

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2008年09月06日

洞窟に隠れ住んでいた初期人類たち(1)~スタークフォンテン洞窟

足の指が拇指対向性でなくなり、サバンナを直立二足歩行をし、骨を主食とした初期人類の状況をさらに追求するためには、サバンナの状況や隠れ住んだ洞窟の状況や位置関係も抑えなければならないと思います。

『初期人類は骨を食べていた!vol.9(ヒトとサルの足の構造)』 yidakiさん

を受けて、初期人類の化石が発掘された西アフリカの洞窟について調べてみました。

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今日紹介するのは、南アフリカ最大都市ヨハネスブルグから北西へ40kmほどの距離にあるスタークフォンテン洞窟(Sterkfontein Cave)です。

左のアフリカの地図上の「8」がスタークフォンテン洞窟の位置です。

この地域は、スタークフォンテン洞窟の他、スワートクランズ洞窟、クロムドライ洞窟などで人類化石が多数発掘されていて世界遺産にも登録されています。

では、高原サバンナにできた大規模な鍾乳洞の一つスタークフォンテン洞窟を紹介します。

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2008年09月04日

初期人類は骨を食べていた!vol.9(ヒトとサルの足の構造)

vol.7で骨を食べていた初期人類はなぜ直立二足歩行になっていったのか? 直立二足歩行の謎について、紹介させていただきましたが、人類の足は他の類人猿と比べ、決定的な違いがあります。
vol.7でも触れましたが、人類の足の指は、他の類人猿と比べ拇指対向性になっていません。この点はまだまだ謎に包まれていますが、具体的にはどういった足の構造になっているのか?少し紹介したいと思います。

今回はヒトとサルの足の構造について、もう少し詳しく見て行きたいと思います。


m116 の写真はヒトとチンパンジーの脚の骨格を比較したものです。外国のサイトよりお借りしました。


足の指に注目していただいて、次にぱちっとして、500万年の旅に出発してください。
いってらっしゃいませ。 m071 m071 m071 m113
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2008年09月02日

藤原道長の結婚~前婿取婚の事例~

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以前、2007年06月19日の岡さんのシリーズ記事で「日本婚姻史7 前婿取婚~飛鳥奈良平安(初)~」があります。

今日は、その具体的な事例として、ブログ「壺齋閑話」さんの記事を引用させていただきます。
同ブログ内「古代人の結婚式:婿取り婚の儀式」より。

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2008年09月01日

DNAでたどる日本人の成り立ち1

DNA分析より、日本人を構成する人々がいつ、どれくらいやってきて、どのように増加していったのかの試算に取り組みたいと思います。
まずは、崎谷満著『DNAでたどる日本人10万年の旅』より、Y染色体のDNA多型分析から日本人の成り立ちを概略押えたい。

Y染色体はAからRまでの18の系統に分けられる。
下表の( )内の数字は分岐推定年代で、単位は年前。
赤字のが日本まで辿り着いた主な亜型で、出アフリカの3系統のいずれもが今でも日本列島で存続・共存し多様性を保持していることは、世界的に見て非常に珍しく、歴史上の不思議といえるようだ。(他ではかつて存在した系統も壊滅した例が見られる。)

Y────┬─A(42,800) アフリカ固有
(90,420) └─BR┬─B(36,800) アフリカ固有
     (82,000) └─CR┬─(27,500) CRは出アフリカ第1グループ
          (68,500) ├─DE──┬(13,000) DEは出アフリカ第2グループ
                 │(38,300)└E
                 └─F─┬─G Fは出アフリカ第3グループ
                (53,000)├─H
                       ├─I
                       ├─J
                       └─K─┬─L
                      (35,600)├─M
                             ├─┬(8,830)
                             │  └(17,500)
                             └─P─┬─Q
                            (29,900)└─R

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