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2010年03月29日

「共認運動の実現構造とネットの可能性 」その⑧~強制共認と発信階級の犯罪~

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前回までの記事:
「共認運動の実現構造とネットの可能性」その① ~社会制度の最基底部の「婚姻」を議論できる場が無い~
「共認運動の実現構造とネットの可能性」その② ~ネットにおけるツールの進化~
「共認運動の実現構造とネットの可能性」その③ ~潜在思念は、ネットに収束するか?~
「共認運動の実現構造とネットの可能性」その④ ~変革課題VS逃避解脱~
「共認運動の実現構造とネットの可能性」その⑤ ~チンケな運動(要求運動の終焉)~
「共認運動の実現構造とネットの可能性」その⑥ ~錯誤の根は、古い武力闘争のパラダイムにある~
「共認運動の実現構造とネットの可能性」その⑦ ~運動信仰を捨てて、共認革命を~
に引き続き、今回もるいネットの「共認革命シリーズ」から紹介します。
シリーズ8回目は「共認革命9 強制共認と発信階級の犯罪」です。
●強制共認とは何か
●なぜ、発信階級の犯罪なのか
をポイントとして紹介します。
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るいネット「共認革命9 強制共認と発信階級の犯罪」


人類が共認動物である以上、私権社会と云えども人々の共認によって社会が統合されるという原基構造は、不変である。しかし、私婚・私権の共認にしても、その延長上の市場拡大(=豊かさ追求)の共認にしても、私権社会を統合してきた共認の中身は、全て外から(‘掠奪闘争=戦争によってor上から’統合階級によって)押し付けられた共認、つまり強制共認でしかない。人々は、自分たちの集団や社会を統合する共認形成の場(それは本来なら最大の共認充足の場)を剥奪され、ただ上から一方的に与えられた観念や制度を受け入れるだけの存在に貶められてきた。
その際、私婚や私権や市場拡大を正当化する観念を作り出して人々を教導し、強制共認をあたかも自主共認であるかの様に思い込ませる役割を担ってきた者たちこそ、倒錯観念で武装した牧師や学者・文化人・マスコミetcの発信階級に他ならない。
彼らは、「我こそ、人々の味方であり、代弁者である」という顔をして、講釈を垂れる。だが、騙されてはならない。彼らは思索し表現することを専業とする特権階級であり、明らかに統合階級の一員なのであって、仕事に追われて思索・表現に専任できない普通の人々とは、決定的に立場が異なっている。
事実、彼らは教会や学校やマスコミを通じて常に支配観念を押し付け、一方的に人々を染脳し続けてきた。それで、どうして「大衆の一員」などと云えるのか?現に今も、彼らは体制によって与えられた特権の場=教宣機関に陣取り、圧倒的な情報量をもって古い支配観念(恋愛・自由・個人・人権etc)を押し付け、人々の意識を支配し続けている。その結果、社会は全面閉塞状態に陥って終った。
にも拘らず、「大衆の代弁者」である筈の彼ら発信階級は、何の突破口も示せずに、相も変わらず旧観念を垂れ流し続けている。そこには、自己反省のカケラも見えない。自分たちの言説(ドグマ)が社会の為になっていると信じ込んでいるからである。
しかし、もはや人々を騙し続けることはできないだろう。なぜなら、我々=素人は、彼ら発信階級が押し付ける旧観念(=近代思想)こそが社会を閉塞させ、人類を危機に導いている張本人であることに、既に気付いて終ったからである。

上記内容の幹はこのようになります。
   社会は人々の共認によって統合
        
   統合階級による強制共認
                 
   支配観念(恋愛・自由・個人・人権etc)
        
       全面閉塞
●強制共認とは何か?
→共認の充足を剥奪され、強制的な押し付けられた共認のことです。要は、私権強者である統合階級から一方的に強制された観念や制度を受け入れるしかない状態に貶められてきたことです。
●なぜ、発信階級の犯罪なのか?
→「我こそ、人々の味方であり、代弁者である」という顔をして、講釈を垂れる。しかし、彼らの実態は思索し表現することを専業とする特権階級であり、明らかに統合階級の一員!常に支配観念を押し付け、一方的に人々を染脳し続けてきた。結果、社会はガタガタ、閉塞した。この犯罪は大きい。
●今の発信階級はどうなのか?
→発信階級の代表であるマスコミの凋落が全てを物語っている。今や、彼ら発信階級の問題性は「捏造報道」により、素人の目にも明らかであり、多くの人たちが気づき始めた。情報収集もテレビからインターネットに変わり、明らかにテレビ離れ(マスコミ離れ)も進んでいる。特に事実追求系のサイトやブログが数多く生まれてきて、多く発信されてきたので、よりマスコミの犯罪性が浮き彫りになってきたのが今の状況でしょう。
マスコミ離れが進んでいる以下がその現象!
①テレビ離れ  
  ●平均視聴率は低下している。
  ●高視聴率番組が著しく減少している。
  ●若い男が最もテレビを見なくなった。
②新聞離れ
  ●若い世代ほど新聞を読まなくなった。
③雑誌離れ
  ●特に総合週刊誌(週刊朝日など)の凋落が著しい
④急増するインターネット利用
現代において、教宣階級をはじめとする旧い統合階級の存在基盤は日に日に亙解してきている。これは強制共認形成の場の崩壊を意味している。今後、この強制共認形成の場に変わる新しい共認の場はどのように形成されていくのかがポイントになるでしょう。
次回、最終回にて、今後みんなはどうして行けばいいのかを追求していきます♪
by 審判の日

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comments

>「闘争のための子育て」
この視点は興味深いですね。直感的には子どものための子育ての方がいい気はしますが、そうではないことを示唆するような現実。
この視点は継続して考えてみようと思います。

  • doUob
  • 2010年7月31日 19:24

>「子供のための子育て」では破綻するということは、母親が何らかの外圧⇒課題がある集団に属し、その圧力を受けることで、初めて子育ても真っ当な課題となり、活力が湧くということを意味しているのではないでしょうか。
と言う分析は凄く的を得ていると思います。
母親が生産課題の中にあることで充足するのはもちろん、子供にとっても外圧の中で育つと言うのが重要に思います。

  • KAZUMA
  • 2010年7月31日 19:25

>子育て以前に、母親には、生産者としての役割があり、生産という課題を中心とした共認充足があります。
赤ちゃんの夜泣きは、母親の不安が原因と聞いたことがあります。赤ちゃんは100%同化存在なので、母親の精神の影響を大きく受けるようです。紹介していただいた昔の母親達は、生産という課題を通じて集団とつながり、充足を感じることで、安定していたのかもしれませんね。それが子育てにも良い影響を及ぼしていたのではないでしょうか。

  • tani
  • 2010年7月31日 19:27

>専業主婦として生産・社会と切り離された家庭:「密室空間」の中で子育てをする方が、歴史を振り返っても非常に特殊であり…
確かに。この視点は非常に重要だと思います。
少子化対策など厚生労働省がいろいろと動いはているようですが、
これは社会全体の仕組みの問題であり、
ある一セクションが動いたところで解決する問題ではないことは明らかですね。

  • mrran
  • 2010年7月31日 19:28

現代の子育てパパの姿勢は大変過剰な行為であることが分かりました。
ありがとうございました。

  • hikaru
  • 2010年7月31日 19:35

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