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2007年05月13日

日本婚姻史4 群婚の崩壊

日本婚姻史3 族外婚 の続き。群婚(族外婚)の崩壊と妻問婚前夜です。
自然物採取から農耕段階へ進むと、集団婚であることを特徴とする族外婚から、母系制的対偶婚(個別婚)への道をひらきます。
紀元前2、3世紀の頃に移入された水田農耕の普及は、社会関係を複雑にし、孤立した氏族集落体から部族連合体への道がひらけはじめた。前2世紀の「漢書」には「楽浪海中有倭人、分為百余国」などとあり、部族(氏族の集まったもの)が百あまり、まだ部族連合も結成されずにばらばらに散在していた。
3世紀ごろになると邪馬台国が出現し、30余国の部族連合がみられると「魏志」にいう。このような段階でもなおクナド婚は威力を発揮し、部族連合の一つの動力となったが、その方式に特記すべき変革がおこった。それは神前集団婚から神前婚約がはじまり、それによって男が女の部落へ通う妻問形態の個別婚を生み出したことであった。

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2007年05月08日

アボリジニーの交換取引(その2) アボリジニーの「気前のよさ」って何?

アボリジニの集団間交流(種族間取引)に引き続き、今回は、彼らの種族内取引について、
「経 済 生 活 の 原 初 形 態-原始社会の財貨取引」
(第二章 オーストラリアの諸種族、b 種族内流通のさまざまな形態)より、紹介します。
いつもの、ヨロシクお願いします。
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2007年05月06日

無文字社会の思春期(2) 思春期生活を厳しく統制する社会

『無文字社会の思春期』の具体的な事例を紹介します。
アフリカの父系社会、「マサイ語族」と「メンデ族」の事例です。この二つの父系社会では、少年少女の思春期生活にきびしい統制をかけます。
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↑割礼を終えたばかりのマサイ族の少年たち
傷が完全に癒えると少年から青年のクラスであるモランとなる

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2007年05月05日

無文字社会の思春期(1)

現存する伝統的な採集生産、狩猟生産、農耕や牧畜を生業とする先住民の社会には通過儀礼とりわけ「成人式」がきわめて厳しく実行される社会と、それとは反対に、成人式があっても非常にしまりのない儀礼にとどまるか、あるいはほとんど存在しないような社会もあります。
「成人式」がきわめて厳しく実行される社会は、狩猟生産・農耕・牧畜などを生業とする父系社会に多く見られ、一方、ゆるやかな形の方では、概して性にたいする態度がおおらかな、採集生産を生業とする母系社会に多く見られるようです。
無文字社会の思春期はなぜこれほど多様なのでしょうか?それは、集団の統合様式(母系、父系)、婚姻規範(総遇婚、勇士婚など)と密接に関係していると思われます。

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2007年05月04日

日本婚姻史3 族外婚

日本婚姻史2 族内婚 に続いて、もう一つの群婚である族外婚です。(高群逸枝著『日本婚姻史』より)
群の定着と族外婚
縄文前期ごろから群は定着し、生産力の増大、人口の増大から、かつては別れ去った分枝群もいまは隣り合って集落を作るようになる。この段階で群は族内婚から、隣群との族外婚に進む。(筆者注:氏族単位で集団分割した上で集団統合力強化のため、氏族間で交じり合う婚姻制に転換する。交叉婚ともいう。)
族外婚の典型はオーストラリアに見られ、A群の全男子はB群の全女子と夫婦、B群の全男子はA群の全女子と夫婦というもの。有名なカミラロイのように四群からなるもの、八群からなるものなどいろいろあるが、基本的には二群式が原則。
ところが日本では、二群単位とは限らず、二群でも三群でもが集落をなし、その中央に祭祀施設のあるヒロバをもち、そこをクナド(神前の公開婚所)とし、集落の全男女が相あつまって共婚行事をもつことによって、族外婚段階を経過したと考えられる。(筆者注:拡大族内婚とでもいうべき世界史的にも非常に希な形態です。「日本の交叉婚の特殊性」参照。)

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2007年05月03日

日本婚姻史2 族内婚

日本の婚姻通史の続きで、一つづつ婚姻様式を紹介してゆきます。最初は群婚(族内婚と族外婚)のうち族内婚から。族内婚を明らかにするのは記録がなく難しいが、遺跡や遺物、遺語、招婿婚(婿入婚)から類推できる。(高群逸枝著『日本婚姻史』より)
共食共婚
原始の家は後代の固定的なそれと違って、移動的な群単位の血縁集団の段階だったと考えてよかろう。縄文早期の遺跡は数個の竪穴からなり、その一つは面積約25㎡、5~6人程度の収容能力で、まだ炉の跡もなく、移動性が濃厚に見られる。
群は必然的に孤立的で、洞窟や竪穴式・平地式住居に住み、共食共婚であったろう。つまり同じ火を囲み、同じ性を分け合っていた。共食共婚こそ同族の特権であり、連帯性の基礎であるとされたのであろう。古語のヘグイは共食、イモセは兄弟姉妹間の夫婦関係を意味するが、これらは群時代の共食共婚の俗をうかがわせる。

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2007年05月02日

アジアにおける第2の民族大移動は漢民族の南下から始まった

氷河期の終わりとともにスンダランドの陸地が水没し、海に出ざるをえなかった当時の拡散の次にやってきた第2の拡散とも言うべき時代について調べて見ました。
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現在のインドネシア人、及びマレー系人種に繋がる民族の大移動の流れです。
インドネシア専科より多くの資料を参考にさせていただき、現在この地に住む人々の人種、言語分類などから、そのルーツを辿ってみました。
まずはいつものように、先を急ぐ前に 応援よろしく♪

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2007年05月01日

アジアにおける民族大移動が、アジア文化の元を創った。

スンダランドはアジアの人類の原点らしい。
人類発祥のアフリカから人類は移動して、当時は温暖で自然環境の豊かなスンダランドに流れ住んだらしい。そのスンダランドに住み始めた彼らがアジアの人種の起源だといわれている。
(クリックすると大きくなります↓)
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ここに定住した人類は、2回の大きな転機を迎えることで、アジア各地に更なる移動を強いられることになる。

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2007年04月30日

アボリジニーの交換取引

アボリジニーの議論が盛んになってきていますね。
「アボリジニの外圧状況etc…」で若さんが疑問点の整理を行ってくれています。(ありがとうございます。)
で、そのうちの疑問点の一つ「アボリジニーの集団間交流はあるのか?」について、参考になるサイトを見つけたので紹介します。
「経 済 生 活 の 原 初 形 態-原始社会の財貨取引」
というサイトです。
その前にいつものヤツをお願いします。
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2007年04月29日

アボリジニの外圧状況etc…

アボリジニの「半族→クラン→スキンネーム」についてへのコメント等、ありがとうございます。
にわかにアボリジニに関するレポートも増え、
アボリジニ先住民族のプロミスト婚  
アボリジニのスキンネームシステム
アボリジニの「半族→クラン→スキンネーム」について  
アボリジニの「スキンネーム」は、権力集中防止策?!
スキンネームシステムという画期的な集団統合の婚姻システムが持つ特異性が注目されているところですが、1788年のヨーロッパ人の入植から激動の人口変化を遂げている人種なので、私自身時間軸的変化や、母系父系の地理的分布、それぞれの自然環境(外圧状況)等、交錯してしまっている点もいくつかあるようです。
毎年アボリジニのコミュニティーに訪れ、村々の人々と交流している友人から指摘を頂きました。改めて、友人が体感している生のアボリジニの現状も交えながら、もう少し具体的に抑えなおしたほうがいいように思っています。
とりあえず諸々の疑問点を整理してみました。
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(疑問点、下につづく↓↓↓)

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