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2007年06月18日

ミクロネシアの自殺率の増加

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ミクロネシアの最近の自殺率の増加に関して興味深いレポートがありましたので紹介します。
やしの実大学 ミクロネシア講座の中の、ミクロネシアの高校で校長などを務めたフランシス・X・ヘーゼル神父のレポート「自殺とミクロネシアの家族」より引用します。

過去10年間以上にわたって私たちはミクロネシアの自殺率が過去最高の水準にまで上昇するのを、手をこまねいて見ているしかなかった。我々は1960年から、ミクロネシアの自殺の実状を把握しようと試み、自殺者に関するデータをさまざまな角度から集め、データベースを作って定期的に情報を更新してきた。(中略)自殺の背景にある文化的理由を探るための調査をより的を絞って集中的に行うために、我々は地理的にミクロネシアの中央に位 置し、約5万の人口を持ち、太平洋地域で最高の自殺率を記録しているトラック諸島に注力することに決めた。

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2007年06月14日

日本に「男女交際」は無かった?!

現代日本の「恋愛至上主義」は、ほんの50年前では珍しい考えでした。
私の両親が結婚した時代(戦後の1950年ごろ)は、結婚と言えば親が決めた相手か、見合い結婚。私の両親は、一目見てその後は結婚式だったそうです。
それがあっという間(50年間)に、男女関係はいわゆる昔の少女漫画のような、胸が時めく夢のような恋愛 をして、恋焦がれた相手と恋愛時代 を経た上で結婚に至るという夢を抱くようになりました。そして結婚式は人生最大のイベントで、その後の結婚旅行は海外へと、お金の掛かる恋愛が市場社会によってさらに加速されてしまったようです。そして、日本では、恋愛という過程を経てから結婚すると言う婚姻制度(≒「恋愛至上主義」)に変わってしまいました。
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2007年06月13日

日本の大らかな性 ~夜這いが日常だった頃の会話から~

今回は日本において戦後まで続いていた“夜這い”について紹介します。
この“夜這い”日本の村落共同体の根幹を成す“性のシステム”です。
この性のシステムは現代では考えられないくらい、非常に豊かで大らかです。
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故赤松啓介氏が“夜這い”についていくつか書籍を残しています。今日はその中からその時代の“性に対する大らかさ”を感じてもらう為、赤松氏の著書である『夜這いの民俗学』から当時の会話文を引用します。
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2007年06月12日

パプアニューギニアのトロブリアンド諸島:娘は嫁いでいく。しかし、母系社会?

以前にも取り上げられましたが、パプアニューギニアのトロブリアンド諸島は、興味深い母系社会です。

「母親は自分の血液から子供を作る」「兄弟姉妹は同じ肉体から出来ている。何故なら同じ母から生まれた物であるから。」こういった一連の表現が,この島の親族の基本的原理に関する住民の態度である。:「未開人の性生活」マリノウスキー著


と言う意識から、トロブリアンドの母系社会では、母方の血縁が自分たちの拠り所です。が、娘は嫁いで行くのです。

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2007年06月11日

夜這いは村落共同体の活力維持と、男女の人口比率の調整機能を果たしていた。

日本にもつい最近まで残っていた「夜這い婚」。その形態や目的にも諸説あるようですが、今日は「目的は村の団結(全て身内の気分)で有り、人口の維持発展、治安維持」といった観点で書かれたサイトを紹介をしてみたいと思います。
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2007年06月10日

オセアニア地域の文化的特徴

『オセアニアへの人類の拡散』の第2幕の舞台であるミクロネシアメラニシアポリネシアの文化的な特徴を紹介します。合わせて、この地域に関するこれまでの当ブログの記事をピックアップしてみました。みなさんの探索の足がかりにどうぞ。
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●ポリネシアの伝統的遠洋航海用カヌーの再現図

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2007年06月09日

オセアニアへの人類の拡散

ニューギニアの特定の部族だけではなかなか外圧状況が見えてこないと思いますので、ここは目先を変えて、オセアニア全域の状況から迫ってみます。
まず、オセアニア地域へ、いつ、どうして、どこから、どうやって、どんな人々が移住してきたのか?オセアニアへの人類の拡散の歴史を調べてみました。
オセアニアへの人類の拡散には2段階があったようです。
○第一段階は、今から約5万~6万年前
(アフリカから始まった人類の拡散の流れ)
○第二段階は、今から約3300年前
(おそらく、拡散の原因は掠奪闘争の玉突きだと思われます)

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2007年06月07日

男子禁制って?

koukei さんの、性を集団で規制する社会の中の、

日本においても少し前までは立派な「女人禁制」文化があった。

を見て、じゃあ「男子禁制」もあるのでは と思って調べてみました
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2007年06月06日

性「否定」は私権闘争前夜の意識状況?

他部族に襲われない辺境地域だからこそ、採集生産を主とした“未開?部族”のまま生きてこられたわけで、未開部族には性にも大らかで肯定的な部族が多く、その真っ只中のメラネシアで、『性を否定視しているかのような部族がいる』 というのは確かに驚きで、面白い切り口だと思います。
しかし、良く考えてみると(未開部族以外の)現代人は、遅かれ早かれ継承してきた集団の性規範を解体し、『性を私権規範の下に封じ込める』方向に舵を切ってきた人々の末裔ですから、その前に「女や性を集団のやっかいもの?敵?」→否定視し始めた人たちが存在したのは必然だし、「私権時代人に近い」という意味で、そちらのほうが主流派じゃないかという気もします。
さて、ニューギニアのマヌス族やファス族は、それが存在意義であり活力でもある
「女の性を封鎖せざるを得ないような、どんな外圧→不全に晒されたのか?」
さらに、「その後、完全に私権社会に移行していかなかったのはなんで?」
とても気になります。

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2007年06月05日

日本婚姻史6 妻問婚の番外編

日本婚姻史5 妻問婚~大和時代~で、妻問婚が、有力共同体が弱小共同体を征服するのに活用された、つまり「記・紀」「風土記」等にみられる大国主、景行、ヤマトタケル、応神等の国作り物語は妻問い説話でもある、と書きましたが、少し詳しく紹介します。番外編として、高群逸枝が『日本婚姻史』の10年前に書いた『母系制の研究』(1953年)より抜粋します。
●本論序章「一夫多妻制」
古代の一夫多妻(妻問婚)は、後代のそれとは全く類を異にした母家単位の現象としてはじめて正しく理解さるべきものである。大国主命の婚姻形態を後代の一夫多妻と同様に見て古代女権の卑小を論ずるが、事実はむしろ反対であって、同命を取巻くいわゆる妻妾群は後代のごとき無能力な存在ではない。いずれも一国一氏の女君であり女長であることは、高志の渟川比賣にせよ、因幡の八上比賣にせよ、其他出雲風土記、播磨風土記等に見ゆる諸姫が、その土地々々の名を負う貴族であり、女神である例を見れば肯けるのである。古代の一夫多妻(妻問婚)はかくのごとき女君達、一国一地方の領主達との結合であるところに意味があるのであって、これによってはじめて国作り工作が成就するのである。

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