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2007年10月11日

一夫多妻の世界 <ダニ族編 ②>

一夫多妻の世界 <ダニ族編 ①>でふれた一つの「男の家」と複数の「女の家」ですが、その後調べてみると、逆に複数の「男の家」と、一つの「女の家」からなる村もあるようです。その点、まだ未明な部分もありますが、ここでは前者のケースを文献【ニューギニア高地人 本多勝一著】 より、生活様式を主に紹介したいと思います。
ダニ族の一夫多妻は、現代に見受けられる一夫多妻よりも、集団としての共同性が強い一夫多妻の婚姻様式をとっています。それがどのようなものか?引き続きふれてみて下さい。
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ダニ族の集落の風景写真です 。写真元Japan Bali Tours Co.,Ltd.

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2007年10月10日

敬語はなんのためにあるのだろう?

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↑日本語敬語(クリックすると大きくなります)
世界の言語の中で、敬語の言語表現が体系的に文法化されているのは、日本語、朝鮮語、中国語ぐらいのようですが、敬語の起源について調べてみると、その歴史について書かれた興味深いサイトがありましたので紹介します。
敬語が、固定的な身分制を超えた意思疎通の手段として機能していたことがうかがえます。
敬語とは? より引用します。
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2007年10月04日

アジア諸国も、未婚化進む!

21世紀は、アジアの時代と言われて、アジア経済が急成長しました。そして経済の成長に伴って、結婚しない男女が急増中です。結果、出生率も急減しています。
グラフでは、韓国の出生率の急減が、目を引きます。
参考として、アジア各国の特殊出生率
・韓国:1.23  ・香港:0.94  ・台湾:1.25  ・日本:1.32 です。
グラフを見る前に、ポチットをどうぞ

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2007年10月03日

諸外国より進んでいた江戸の教育事情

江戸の暮らしを考察する上で、あまり話題に上ってこない「子ども」達の存在。
色々と調べていく上で密接に関わってくる「寺子屋」の存在があります。
皆さんご存じの通りですが、町ぐるみでその運営がされていた事に加え、その存在がもたらした日本の教育の水準(識字率)は、諸外国を抜きん出たものだった様です。
今日はその寺子屋をはじめ、江戸における教育事情を紹介してみたいと思います。
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2007年10月02日

江戸時代の教育熱心さ

江戸時代後期での文盲率は低かった。就学率は80%程度あり、世界一である。同時代のイギリスで大都市でも20%程度だったらしい。
しかし、何故そんな事が可能だったのでしょうか?
一般的な回答は、「寺子屋という、庶民まで教育をする施設が有ったから」。でもこれほどまでの庶民の教育意欲は何故だろうか?その必然性が分らないので調べてみました。
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2007年09月29日

「こやらい」にみる子育ての精神

高校生の自殺や、親殺しが相変わらず続いています。現在の一対婚による密室家庭での「子育て」は、修復以前に、根本的に狂っているのではないでしょうか?今回は、「こやらい」を通じて、過去の子育てを振り返ってみたいと思います。
「こやらい」と一人前より
《引用開始》
「私はこやらいの最中だ」とか、「あなたはこやらいが終わった」などと、八幡浜地方では育児のことを「こやらい」というが、これは標準語ではなく、中国・四国地方に残る方言である。
大藤ゆき著『児やらい』には、「愛媛県宇和地方でもコワライ、コアライなどといい、同様の意味(養育のこと)に使っている。
山口県大島では子どもの世話になやむことがコヤラエであった。
「追いまわすだけでなく、大きく成長をしてゆく子を母の手から放すことを意味している」と紹介されており、「こわらい」、「こあらい」、「こやらえ」等の方言があったようである。
もともとこの方言は、子を「やらう」ことから来た言葉であるが、「やらう」とは、動詞「やる(遣)」の未然形に、反復・継続を表す助動詞「ふ」が付いたもので、追い出す、しりぞける、追い払うといった意味がある。
子供を育てることを「やらう」・追い払うと表現することは奇妙な感じもする。
これは、現代の子育て・教育は、親が前に立って子供を引っ張る立場にあるのとは正反対に、かつては、親は子供を大人社会へと追い出して一人前にしようと後ろから支える立場にあったことを示しているのかもしれない。
子供を世間に巣立たせる意味で「やらう」・追い出すという言葉を用いたのだろう。
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2007年09月27日

一夫多妻の世界<ダニ族編 ①>

山地パプア諸部族で代表的なのが、ダニ族とモニ族です。
今日はニューギニアの高地人、一夫多妻制のダニ族について紹介したいと思います。
ダニ族について以前、koukei さんが、【ダニ族は、狭い盆地で部族間闘争を2万年以上続けてきたらしい】で紹介されていますが、もう少し生活面について調べてみました。
この写真はダニ族の住居形態です。どんな住み方をしてるかは?続きをどうぞ! 😀
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2007年09月25日

-遺丘の女神- 世界最古の農村で発見された土偶

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遺丘とは、西アジア一帯に広がる独特な遺跡で、ある場所に繰り返し集落や都市が築かれた結果、その場所が丘のように盛り上がった形状となった場所のことです。
こうした遺丘が形成されるのは、人々の居住に適した場所がある程度限定されるためで、いくつもの文化層が重なった結果その場所の歴史のタイムカプセルになっています。(Wikipedia
当然、最下層には最古の定住遺跡が埋まっており、狩猟栽培→農耕牧畜と生活様式が変化してゆく様が観察できます。その遺丘の9000年前の層(土器が発明されるより前の時代)から女神像(日干し土偶)が発見されました。この時代の人々の暮らしぶりはどんなものだったのでしょう。
女神像を見てみたいと思った人はクリック!!

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2007年09月21日

続・ラピタ人って?

ラピタ人って?ずっと気になってましたので、私も調べてみました
人類で初めて長距離航海を成し遂げた海洋技術集団とか、海のモンゴロイド、その正体は縄文人なのでは!?等々、アジア人とポリネシア人をつなぐミッシング・リングとして未だに謎が多いラピタ人。3000年以上も昔(紀元前1500年~紀元500年)、ニューギニアからサモアの辺りに突如現れ、一帯に広がっていたラピタ文化の遺跡。それが彼らの存在の証です。以前、このブログでも紹介された、とても精細な文様を刻んだ高度な土器文化を持つ集団だったようです。
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フィジーで発掘された約3000年前のラピタ人の女性のものと思われる頭蓋骨の復元像。充足感に充ち溢れた立派な顔立ちです♪
★今回は、そのラピタ文化消滅の謎と文化に少しだけ迫ってみたいと思います

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2007年09月20日

江戸幕府公認の、男対象の性風俗場は吉原だけだが、女対象は七場所あった?!

参勤交代制度に直接縛られなかった階級,「士」以外の「農工商」の場合には、「日本の伝統的民俗」を引き継いで、古来からの自由を満喫した。当然のことながら女性たちは「武士の論理」などを無視して、物見遊山・芝居・信心などを口実に、男性を「囲ったり」、陰間茶屋に「通ったり」、女性グループでの観光旅行などでも性的享楽を大いに楽しんだ。


「お世継ぎのつくりかた」~大奥から長屋までの江戸の性と統治システム~(鈴木理性著) に面白い文面がありました。
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「国立歴史民俗博物館」<異界万華鏡>よりお借りしました。

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