RANKING
にほんブログ村 歴史ブログへ
NEW ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK

2007年10月27日

障害者が「福子」と呼ばれた時代

現在の核家族=家庭からは、大量の自己中≒精神破壊者が生み出されています。
こうした人々が野放しにされている一方で、本当に障害をもつ人たちの姿を、日常の場でほとんど見かけなくなった気がします。
かつて、障害をもつ人たちはどのように生きていたのかを探ってみました。
「日本の風土に生きる障害者」 山下恵さん 《参照》
大野智也・芝正夫両氏の研究報告書『福子の伝承』によると、「精神薄弱」(現在では知的障害と名称変更)の障害児者は、「福子」「宝子」「福助」等と呼ばれ、大事に育てられていたという報告が多数ある。
家に富をもたらす守り神的な存在であるとして捉え、また彼らがいることによって、家族はその子のためによく働くから家が繁栄すると考えたり、家族の不幸をその子が一切に背負っているから大切にするという考えや、先祖のめぐりとして生まれ変わったので大切にするという考えのもと呼んでいたという。
この思想背景には、日本人の因縁観や先祖の生まれ変わりの概念がプラス要因として働いたものがあるだろう。
「福子思想」とあっても、その呼称理由にはいくつかの意味が含まれていて、一概に良いとだけは言えない。
だが、その呼び名やそう言う事の出来た周囲の目があることで、障害をもった人々が地域社会・村落共同体の中で、人々の温かい目に守られて育てられていたことわかるように、この伝承は社会の目をあたたかくする装置を持っていたと言えよう。

「福子」という言葉を初めて聞いたという方はポチッとどうぞ 🙄

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年10月23日

人類はどのようにして共同体を作るようになったのだろう?

「共同体って何?」を、読んで、人類の共同体・共同性というのが、とても重要な要因だということを実感しました。 😀
共認機能(=相手の期待に応えて相手の反応を得ること(つまり、期待と応合のやり取り)によって充足を得る機能)を得る事が生きていく事であると言うのは、実感に照らし合わせても良く分ります。
そして「人類500万年に亙る共同体の原基構造に迫る」の当ブログからすると、人類が共同体を獲得してきたのは、どのような経緯からか調べて見ました。

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年10月22日

中国村落部の実態

私たち日本と歴史的にも繋がりの深い中国。
しかし、社会の様子はかなり差異が見られます。
親族や親しい仲間に対しては極めて結束力が強く、それ以外の人々に対しては極めて非情で冷たいという、日本人にとっては??な面があるようです。
今回は、そんな中国の村落における実態を記したサイトを紹介します。
naodong020823-5.jpg
近現代中国における社会統合の諸段階   奥村 哲

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年10月20日

共同体って何?

bunkatekikeikan09.gif
文化庁「農林水産業に関連する文化的景観の保護に関する調査研究(報告)」リンクより拝借致しました。
このブログのタイトルにもありますが「共同体社会」って一体どんな社会なのか?改めて考えてみるとぼんやりと「みんなで協働している社会」って感じぐらいのイメージしか沸いてきません。日常においても度々共同体という言葉は耳にすることがありますが、どんな社会のことを言うのか?って現代の人々にとっては意外とイメージできないのかなぁって感じています。ちょっと前の日本の社会にも「村落共同体があった」とよく言われます。そこで、改めて

「共同体」とはどんな社会なのか?どんな状態の社会?
なんで共同体なのか?(本質は?)
共同って何するの
といろいろと疑問が沸いてきます。何となく「共同体」っていい社会だったように思いますが、その本質を理解することが一番大切かなと思います。そのことを端的に書かれているものが「るいネット」にありますので紹介します。
とその前に、いつもの、ポチっとお願いします。 😛 😛

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年10月19日

みんなが思いをひとつにした労働歌

民謡にも様々なジャンルがありますが、今回は起源が旧いと言われている『田植え歌』を紹介したいと思います。
少しネットで探してみるだけで、全国各地で様々な『田植え歌』があるようです。
歌でも歌いながら一斉にやらないと単調な作業ゆえ、トテモ辛いのは皆さん想像の通りです。それは1人でやるよりも、共同作業というやり方に意識を変えることで、重労働は一変して楽しい作業となっていた様です。
特に検地が行われ制度として納税義務が強化させられるやいなや、さらに辛い作業となったことは明らかで、より一層田植え歌はその意味を強くしたのだと思います。
img_news.jpg
今日はその歌詞を一部紹介します。
まずは、ポチっと。

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年10月18日

歌と共同体のつながり

昔からその地域に根付いて今日まで歌われている歌と言えば「民謡」ですね。
この民謡というもの、おのおのの地域共同体の中でどのようにして生まれ、どんな場面で歌われてきたのでしょうか。想像するに、共同体の生活とはかなり深いかかわりがあるように思い、今日はちょっとそのあたりを探ってみたいと思います。
%E3%83%8B%E3%82%B7%E3%83%B3%E6%BC%81%28%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E5%9B%B3%E9%91%91%29.jpg
(『にしん漁』北海道デジタル図鑑(リンク)より拝借)
民謡とは、民衆の、労働・儀礼などの集団の場において自然に発生し、伝承されてきた歌謡。素朴な生活感情を反映し、地域性が強い。遊び歌・祝い歌・仕事歌・酒盛り歌・盆踊り歌などがある。(「大辞林」より)
このように「労働」「儀礼」などとの結びつきがあるようですね。また自然発生とありますが、歌われ始めた時の状況はいったいどんな状況だったのでしょう。ここはひとつみんなで想像力 🙄 も働かせて考えてみましょう。
一緒に考えてくれる方は、ポチッと応援よろしくお願いします。

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年10月17日

婚姻形態と「美白」

「肌の透き通るような美人」という表現。
現代ではあまり使われなくなりましたが、それでも「美人」という観念の中に「美白」という意識が今でも見え隠れしています。
江戸時代の美人画や、京都の舞妓さん、写真の博多人形などなど・・・
そのルーツは何だったのだろう?と調べてみると、当時の婚姻様式の影が垣間見えるなかなか興味深い事実があったので、紹介したいと思います。
%E5%8D%9A%E5%A4%9A%E4%BA%BA%E5%BD%A2.bmp

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年10月16日

40年前の日本全国では、みんな盆踊りに参加していた。

私の幼少の頃(ほぼ40年前)、大阪の下町では盆踊りが盛んでした。小学校では櫓を組んで、百人以上が2~3重の輪を組んで踊っていました。町内でも、地蔵盆として小規模の盆踊りをお地蔵さんの前で行って、子供たちにお菓子を配っていました。
同じように日本全国に、盆踊りが様々な形で普及していました。今では村落共同体の崩壊と共に多くは廃れてしまいました。が、新たなコミュニティーにて、再起しているものや、大きな祭りとして観光化しているもの等、今でも様々な形で残っています。
どのような歴史的な経緯をへて、日本全国津々浦々に普及したのか、疑問に思って少し知れべて見ました。
%E9%98%BF%E6%B3%A2%E8%B8%8A%E3%82%8A%E3%80%80.jpg%E3%81%8A%E3%82%89%E3%82%8F%E9%A2%A8%E3%81%AE%E7%9B%86.jpg%E8%A5%BF%E9%A6%AC%E9%9F%B3%E5%86%85%E7%9B%86%E8%B8%8A%E3%82%8A.jpg
阿波踊り              おわら風の盆              西馬音内盆踊り

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年10月14日

ヘヤー・インディアンの「テント仲間」

『ヘヤー・インディアンにおける「いのち」~共同体社会の生命観』で紹介したヘヤー・インディアンですが、今回は彼らの社会を構成する最小単位となっている「テント仲間」について紹介します。
ヘヤー・インディアンの「テント仲間」は、あえて言うならば私たちの社会の「家庭」「家族」にあたるですが、その実態は大きく異なります。
今、私たちの社会では「家庭」「家族」は様々な問題や事件が絶えず、改めて「家庭」って何?「家族」って何?ということが問われています。そこで、当ブログの追求テーマにそって、それらの現代的な社会問題にひきつけながら、ヘヤー・インディアンの外圧状況や「テント仲間」という集団形態に迫ってみようと思います。

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年10月13日

日本に現存している「世界最古の企業」

共同体社会を考える上で、そこでの生産活動のあり方を考えるというテーマは欠かすことができないと思います。このテーマを考える上で、なるほどと思わされる記事があったので、皆さんにも紹介したいと思います。
『ダ・カーポ』614号(マガジンハウス)の特集記事「とてつもない日本・世界一の技術!」より。リンク
《引用開始》
(対談「日本人はなぜ、技術者を尊重するのか?」の一部。出席者は赤池学さん(科学技術ジャーナリスト・著書に『自然に学ぶものづくり』)、野村進さん(ノンフィクションライター・著書に『コリアン世界の旅』)、橋本克彦さん(ノンフィクションライター・著書に『農が壊れる―われらの心もまた』)のお三方です。)
司会者:日本人は「職人」や「匠」といった言葉が大好きで、技術者に対して特別の感情をもっています。日本人は、わが国の技術文化に誇りをもっていますね。なぜ、このような技術文化をもつようになったのか、考えてみたいと思います。
野村進:日本人にとって、モノ作りを大事にすること、技術を継承することを尊いと考える価値観は当たり前のように思われます。ですが、日本以外のアジアに行ってみると、必ずしもそうではないんですね。モノ作りを尊いと考えるのはむしろまれなことで、自分の手を汚して何かを作ることを、それほど尊重しない場合が多いのです。
え~なんで?続きを読みたいと思った方は、応援よろしく 🙄

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List