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2007年09月01日

トロブリアント諸島における母系社会の再整理

交叉婚って何?(4)で扱ったトロブリアント諸島の婚姻については、いくつかコメントをいただき、認識(及び図解)を修正する必要が生じましたので再投稿します。
そもそも“母系なのに嫁入り”することを、どのように解釈したらよいかが、疑問の出発点です。この点については『母系社会って何?』に重要な視点が投稿されています。
母系社会の基本原理として、
①氏族集団は、【→子供】への血縁関係によってのみ継承される。
②所属する氏族集団は一つであり、(婚姻によって変わることは無く)生涯同じ出自集団に所属する。
③氏族集団の財産は【母(とその姉妹)娘たち】へ相続され、財産の管理運営は【母の兄弟母の息子たち】へ継承される。
という構造が挙げられます。
それらを踏まえ、改めてトロブリアント諸島の婚姻を考察してみたいと思います。
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2007年08月30日

塩味の民族学-しょっぱいはおいしい-

ishige.jpg人間の生存にとってなくてはならない塩ですが、食塩という形で外部から補給するようになったのは、農業という重労働で汗をたくさんかくようになってからのようです。石毛直道国立民族学博物館名誉教授(農学博士:右写真)の塩味の民族学-しょっぱいはおいしい-講演会より紹介します。
動物の乳、肉、血から塩分を摂る民族
サルは塩なしで暮らしています。実は人間も、塩を知らない民族というのは世界中にたくさんいます。例えばアフリカの有名なマサイ族。彼らはウシを飼って、ウシの乳を飲んだり肉を食べている牧畜民ですが、塩を摂りません。必要な塩分はミルクから摂っているようです。

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2007年08月28日

東洋と西洋 ~ 農村の違い「初夜権」とか

 日本の農村においては、士農工商の身分制度の中にあっても夜這い婚や様々な共同作業(水路管理、祭り)を通してある程度村落共同体としての独立性が保たれていました。
これに対して、西洋の農村では荘園領主による農奴の囲い込みが行われていました。農奴は奴隷とは異なり私有財産は認められていましたが、その行動はかなり制限されていたもののようです。
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2007年08月23日

江戸の庶民は、堅苦しい見合いは嫌だったようです。

江戸時代の庶民の結婚。適齢期を見てみると、男の結婚は二十代半ばから三十代前半くらいで現在と余り違いが無いのに対して、女の結婚は二十歳前後で結婚するのが普通だったといわれています。なので、女性の方はかなり早い結婚だったといえます。
結婚に至るまでの経緯は、庶民は意外と自由恋愛が多かったといわれています。

『江戸町民の生活』からの引用

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2007年08月22日

共同生活を営む江戸庶民のトイレ事情とは?

江戸の裏長屋の生活を見ると、なんと狭いスペースにいろんな人達が仲良く暮らしていたようですね。 😀 寝泊り以外の生活の多くを共同で使っていたようですが、では一体トイレ事情はどうだったのでしょうか。まさか現代のように水洗トイレ・・・・?ということはなかったようですが、しかしここにも当時の人々の知恵が生かされているようです。
今日はどうぞ食事の前にお読みください。
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2007年08月21日

江戸の自治組織「木戸番」ってどんな人?

江戸の長屋事情vol.2?です。
昨日koukeiさんが長屋の共同体を紹介して頂きました。人情溢れる感じがして、できればタイムスリップしてその生活に触れてみたいものです 😉 😉 。
さて、その江戸には町人が50~60万人いたとも言われており、その治安は町奉行(他、町年寄)が受け持っていました。しかし、その数は町人に対してかなり少なく、とうてい管理できるものでは無かったようです。
そこで機能していたのが長屋の共同体=自治組織です。
屋主(大家)・店子(テナント、借屋主)が組織したり雇ったりしたのが 「自身番」や 「木戸番」です。
さて前置きが長くなりましたが、この自治組織の最末端である 「木戸番」の役割について紹介したいと思います。
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↑木戸番・夜の顔   ↑長屋での生活(「登別時代村」HPより)
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2007年08月20日

江戸庶民は、長屋の共同体で、精神的に豊かに生活していた。

江戸時代の中期以降は、生産力が上昇して江戸の都市は市場経済が拡大し100万人都市となっていたようです。江戸周辺の地方からは多くの労働力としての人材が江戸にやって来ました。その多くは農家や漁師の次男や三男などです。そして、彼らが住んだのが落語でもおなじみの 「裏長屋です」。此処では「大家と言えば親同然。店子と言えば子供同然」と言うことが言われます。それは、、、、
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2007年08月19日

母系社会:サタワル島の子育て~『子どもはみんなで育てる』

『出産・子育ては集団全体の課題』に引き続いて、妻方居住の婿入り婚をとるミクロネシア、サタワル島の母系社会の子育てを紹介します。
Image-48142B5F786911DA.jpgサタワル島の子ども達
母系社会では、血縁の結びつきが重要視されますが、実は親子の関係は必ずしも「生みの親と子」だけに限定されません。「養子」が頻繁におこなわれ、実親以外に養親をもつ子ども達が沢山います。そこには『子育てはみんなでするもの』という規範意識があるようです。
サタワル島の人々がどんな意識で、自分の子どもを「養子」に出したり、「養子」をもらい育てるのかを紹介します。

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2007年08月18日

縄文人とラピタ人の謎

以前、ラピタ人って? ラピタ土器って?に、「海のモンゴロイド集団」ラピタ人と縄文人との土器文化による共通項に触れましたが、他にも類似性を表す事例(風習や祭儀etc・・・)がいくつかあるので紹介します。
このラピタ人ポリネシア人だけでなく、メラネシア人ミクロネシア人といった南太平洋の民族のすべてのルーツであると言われています。
謎に包まれたラピタ人ですが、われら祖先の縄文人と、なんだかの深い関係性があったようです。遠い昔、海を渡って長い旅(航海)に旅立った我ら祖先がいたのかもしれません。
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テレビ東京・編の「海を越えた縄文人」より要約、抜粋しました。
以下、縄文人とラピタ人の類似点
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2007年08月17日

【図解】交叉婚って何?(4)::トロブリアント諸島編

交叉婚って何?(3)に続き、今回はクラ交換で有名なトロブリアント諸島の交叉婚を追求してみたいと思います。
トロブリアント諸島の婚姻は、母系なのに嫁入り(?)するという、世界に分布する交叉婚の中でも極めて特異な事例です須藤健一著『母系社会の構造 サンゴ礁の島々の民族誌』を参考に、図解化を試みながらその構造を探ってみたいと思います。
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