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2008年09月02日

藤原道長の結婚~前婿取婚の事例~

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以前、2007年06月19日の岡さんのシリーズ記事で「日本婚姻史7 前婿取婚~飛鳥奈良平安(初)~」があります。
今日は、その具体的な事例として、ブログ「壺齋閑話」さんの記事を引用させていただきます。
同ブログ内「古代人の結婚式:婿取り婚の儀式」より。

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2008年09月01日

DNAでたどる日本人の成り立ち1

DNA分析より、日本人を構成する人々がいつ、どれくらいやってきて、どのように増加していったのかの試算に取り組みたいと思います。
まずは、崎谷満著『DNAでたどる日本人10万年の旅』より、Y染色体のDNA多型分析から日本人の成り立ちを概略押えたい。
Y染色体はAからRまでの18の系統に分けられる。
下表の( )内の数字は分岐推定年代で、単位は年前。
赤字のが日本まで辿り着いた主な亜型で、出アフリカの3系統のいずれもが今でも日本列島で存続・共存し多様性を保持していることは、世界的に見て非常に珍しく、歴史上の不思議といえるようだ。(他ではかつて存在した系統も壊滅した例が見られる。)
Y────┬─A(42,800) アフリカ固有
(90,420) └─BR┬─B(36,800) アフリカ固有
(82,000) └─CR┬─(27,500) CRは出アフリカ第1グループ
(68,500) ├─DE──┬(13,000) DEは出アフリカ第2グループ
│(38,300)└E
└─F─┬─G Fは出アフリカ第3グループ
(53,000)├─H
├─I
├─J
└─K─┬─L
(35,600)├─M
├─┬(8,830)
│  └(17,500)
└─P─┬─Q
(29,900)└─R
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2008年08月30日

「日本の婚姻制度は、どのように変遷してきたのか?(江戸~明治~大正~昭和~平成)Vol.3 大正編」

😀 シリーズでお届けしています「日本の婚姻制度の変遷」ですが、今回は「大正編」です。
「明治編」では、政府による法制化がすすめられ、男女の性関係が「良妻賢母」「貞操観念」などの観念によって、次第に窮屈なものへとなっていきました・・・。
その記事はこちら http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000420.html
ではその後、大正時代に入りどの様になっていったのでしょうか?
仲間で調べ、議論してみました。
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「モダンボーイ」
三つぞろえのダブダブのズボンに蝶ネクタイ、イギリス紳士ふうにコウモリ傘を持った二人
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2008年08月29日

北鮮の高句麗の婚姻制

日本人の起源に関係する遊牧騎馬民族匈奴の婚姻制は一夫多妻制で、嫂(あによめ)婚制、姉妹婚制を伴うものでした。
それが半牧・半農の烏恒・鮮卑では、略奪婚→婿入りして2年間労役→その後夫方へ嫁取り(その際、住居や生活用品は全て妻の家が整える)、というように母系に父系が入り込む折衷型となります。
では、北鮮の高句麗は?
高句麗(ツングースの夫余)は烏恒・鮮卑より母系色を強く残しており、後漢書では『妻問婚』と称しています。
後漢書の高句麗伝
婚姻は妻問い婚で、子供が成長した後に(夫の家に)連れて帰る
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2008年08月25日

記紀にみる兄妹婚

日本では、庶民の間では、戦前頃まで「夜這い婚」が残っており、性に対しておおらかだったことが明らかにされています。
一方、支配階級は父系制で窮屈という印象が強いのですが、今回は、記紀から天皇族の婚姻を論及している論文を紹介させて頂きます。
塞の神における兄妹相姦についての記号論的考察より

兄妹相姦の物語は世界的に普遍的ではあるものの、深い罪悪感を伴い、そのおおむねは当事者の異常な死をもって結末する。
ところが、東南アジア地域にあってのみは、それが肯定的に、微笑ましさと好感をもって語られていることが知られる。
このような兄妹相姦肯定文化圏とでも云うべきものの範囲は、東南アジア全般を中心として、中国西南部、および沖縄・奄美の西南諸島を経て、我が国の本州にまで広がっているもののようである。
この範囲は、ちょうど水田稲作の文化圏とほぼ一致する。あるいは、中尾佐助氏が提唱した照葉樹林文化圏、もしくは、鳥越憲三郎氏の云う倭族の文化圏と重なっていると見ることもできよう。

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2008年08月23日

初期人類は骨を食べていた!vol.8

初期人類は骨を食べていた>シリーズを読んで頂いているみなさん、ありがとうございます。
初期人類の生息環境は、豊か?or劣悪?>という問いからスタートしたこの<初期人類は骨を食べていた!>シリーズですが、このシリーズで、初期人類は劣悪な状況下、不適応存在として、その逆境から可能性探索の果てに、骨を主食とすることにたどり着き、進化を遂げてきた事がおわかりいただけたのではないでしょうか?
今回は、、『人はなぜ立ったのか?』『親指はなぜ太いのか-直立二足歩行の起源に迫る-』島泰三著より、骨を主食とすることで得られた最大の恩恵について紹介させていただこうと思います。
今日はちょっとしたブレイクタイムとして読んでみてください。
では、続きを読む前にぱちっとして、500万年の旅に出発してください。
いってらっしゃいませ。

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2008年08月21日

首都圏は「弥生系」7割 日本人ルーツの研究に新手法、ミトコンドリアDNAから構成比

母親から子供に受け継がれるミトコンドリアDNAの型の分布から、「縄文系」「弥生系」の構成比を求める計算式を住斉筑波大名誉教授が考案した。2008年08月04日 産経新聞ニュースより紹介します。
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2008年08月20日

家族・婚姻に関する人類学の系譜3

『家族・婚姻に関する人類学の系譜2』で扱ったモルガン社会進化主義を論旨は、以下の3点にまとめられます。
①親族名称を比較研究することで、人類社会の歴史を類推できる。その結果、
②人類の社会は原初の時代から単線的に進化してきた(=社会進化主義)
③婚姻・親族については、原始乱婚→母系の集団婚→父系の単婚に転換した
元々社会進化主義は、イギリスを中心に発達した思想であり、産業革命を経たヨーロッパ人を進化の最先端に位置づけて発想されています。こうした時代背景の下、植民地支配を正当化する思想としての性格を帯び、更に人種差別観念に結び付いていきます。実際、人類学における未開部族の調査も、現地人が労働者としての資質を有しているかを目的とした側面があります。
そのような風潮の中、20Cに入ると、社会進化主義を批判する動きが出てくることになります。その代表格として、アメリカの人類学者F・ボアズ(1858~1942)と、イギリスの人類学者B・マリノフスキー(1880~1942)のニ人があげられます。
今回は、20C初頭、モルガン社会進化主義がどのように批判・否定されていったかを整理したいと思います。

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2008年08月19日

墓に見る日本人の共同性

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お盆も終わり、皆さん忙しい日々が始まっているかと思いますが、改めて日本の「墓」について調べて見ました。
現在、家族墓(○○家の墓)が一般的ですが、家族墓が作られるようになったのは極最近のようです。


壺齋閑話 「日本人の墓」からの引用です。

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2008年08月17日

霊長類の群れ社会の進化(3)~霊長類群れ社会の5つの社会型

『霊長類を見る視点』<前編> <後編>に続いて、現在の霊長類の群れ社会の「5つの社会型」を紹介します。
群れ(集団)を考える場合、まず雄と雌がどのような形で結びついているかが基底部となります。それをもとに現存するサルたちの集団のあり方(社会型)をみると「5つの社会型」に分類できます。
霊長類学者の河合雅雄著『人間の由来』(小学館1992)を参考に紹介します。
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