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2008年01月14日

結婚適齢期ってなに?

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こんばんは。このサイトのことを人に話すと、「どうして『婚姻』とか『共同体』のことをテーマにしてるの?それを調べてどうするの?」とよく聞かれます。
改めて言うまでもなく、現代の日本での婚姻様式は一夫一婦制ですね。でも、みんな実感しているように、法律上はそうだけど、現実の社会を見渡すと『一夫一婦制』って本当に成り立っているの?形式的にはそうであっても別居生活している人もいればセックスレスも増え続けているし、その一方で不倫話なんかもよく耳にします。
そんな「現実」をみると、そもそもなぜ一夫一婦制になったんだろう?って疑問に思いませんか。
すでにこのブログでいくつも紹介されているように田舎のおじいさん、おばあさんに聞けばちょっと一昔だと夜這いの風習があったり、必ずしも一夫一婦制ではなかったようですね。
そんなところからも、かつてはどのような婚姻様式だったのだろう。そしてそれはどのような要因からそうなったのだろうか。そこには人類にとって必要不可欠な理由があったのではないか、という仮説から、世界の婚姻史と、それを規定する一番の理由が存在しそうな集団そのものについて調べてみようとしているわけですね。
というわけで、今日は『結婚適齢期』について調べてみました。
単なる法律上の決まりごととしてではなく、何をもって『適齢』とみなすのか、その歴史の一端を見てみたいと思います。
独身の人も、既婚の人も、今が適齢期ではないかと焦っている人も、ポチッと応援してから先にお進みください

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2008年01月11日

日本人::勤勉性の源泉は何か!?

本ブログの掲示板「東洋と西洋」というカテゴリーに関連して、今回は“日本人の勤勉の源泉はどこからくるのか?”というテーマについて考えたいと思います。
勤勉と技術と経済』(石田蕙一東大名誉教授)に、日本人の勤勉性について興味深い論説がありますので、紹介したいと思います。
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2008年01月10日

白川郷とドラヴィダに共通した長子のみ嫁取・次男以下妻問

白川郷の婚姻様式は、長子(アニ)のみ嫁取り、次男以下は妻問い(夜這い)なんですね。インド南西部ナーヤル・カーストとの共通性が気になりますね!?
今日は白川郷の補足をします。(赤松啓介『村落共同体と性的規範』より)
01763s.jpgまず次男以下の妻問い(夜這い)です。
大家族では、男も女も家を離れることを絶対に禁じていた。ツマドイは当人同士と周囲の黙認があるだけで、法的には何の規制もない。ただ彼らの間では「手ジルシ」を与えたが、内縁の契約ということだろう。しかし同じムラの男なら、手ジルシも出さないことがあったらしい。
銀のかんざし 貰うた夜さり
じつがあるなら 前掛けおくれ

「銀のかんざし」よりも「前掛け」が手ジルシになったのである。こうすると、だいたい生涯続いたようだが、ずいぶん放縦な者もいたらしい。しかし子供ができると人情つながりで、男の方からシンガイ稼ぎでいろいろと贈ったようである。
(写真は、世界遺産ひだ白川郷より。)
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2008年01月08日

東洋と西洋、日本の一揆って・・・?

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画像はhttp://toyotatomei-l.hp.infoseek.co.jp/gujyouhatiman.htmよりお借りしました。
こんばんは~ bunchanです
日本と西洋、農村の違い、読みましたか~? ヨーロッパの農奴って、実にヒサンな扱いを受けていたんですね~
日本と西洋、農村の違いのなかでは、こんなくだりがありました。

歴史家の歪んだ日本史観
それなのに、「毎年農民による暴動があった。鎖国時代には全部で1500回くらいの農民一揆があった」などという日本の歴史家は多い。
農民一揆と数えられている事件を詳細に調べてみると、妙な結果が判明する。ある村の代表者と大名の代理人が年貢米の納入量について話し合ったが、合意に達することができずに、村の代表者が大名屋敷に年貢の軽減を願い出るために、協力して話し合った。これだけで「農民一揆」に数えている。

これって本当? 日本史の中で「○○一揆」というものがたびたび起きたと習いましたが、その中身って実はよく知らないかも・・・・・・ 幕府の抑圧に農民が暴動を起こして暴れたというイメージを持っていました。 
今回は日本、特に江戸時代の一揆とはどんなものだったのかを調べて みたいと思います。
では、ぽちっと押して次へいってみましょう~~

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2008年01月06日

インド南西部ナーヤル・カースト~婚姻様式とカースト制度

インド南西部ケーララ地方のドラヴィダ系ナーヤル・カーストにおいて、18世紀にみられた「タラヴァード」と呼ばれる母系集団を紹介します。
タラヴァードには、「ターリ儀礼」「サンバンダム(妻問い婚)」と呼ばれる二つの婚姻様式が並存していました。これらの婚姻制度はカースト制度という身分制度と密接に繋がった婚姻様式です。
●カースト制度(ウィキペディアより

ヒンドゥー教にまつわる身分制度である。紀元前13世紀頃に、アーリア人のインド支配に伴い、バラモン教の一部として作られた。カースト制度によって定められる個々の身分もカーストという。カースト制度は基本的にはバラモン・クシャトリア・ヴァイシャ・シュードラの4つの身分(ヴァルナ)に分けられているが、その中で更に細かく分類されている。
カーストという単語はもとポルトガル語で「血統」を表す語「カスタ」(casta)である。 そこからインドにおける種々の社会集団の構造を表す言葉になった。インド以外の身分制度もカーストの名で紹介されることがある。
カースト間の移動は認められておらず、カーストは親から子へと受け継がれる。結婚も同じカースト内で行われる。

ウィキペディアでも書かれているように、教科書では「結婚も同じカースト内で行われる」と習いましたが、タラヴァードの「ターリ儀礼」「サンバンダム(妻問い婚)」は、異なるカースト集団間での婚姻様式のようです。
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2008年01月05日

一対婚は世界の16%に過ぎない

少し前になるが、新聞の書評の中にこんな記述があったので紹介します。
『愛はなぜ終るのか』ヘレン・E・フィッシャー著
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2008年01月04日

集団の解脱様式

るいネットの新概念定義集に【不全と解脱】という言葉があります。

不全とは、機能不全のこと。機能不全に陥ると、飢えや怯えや苦痛などの不全感に恒常的に苛まれることになる。この不全感を麻痺させる麻薬回路が、解脱充足回路。サルや人類は、何であれ不全感が刺激されると、その不全感を和らげるために解脱回路に収束する。解脱の中心はスキンシップを原型とする親和充足と性充足。人類の解脱にはその他に、涙や笑いや快楽など(一般には娯楽)がある。


様々な民族を見ていくと様々な婚姻様式があると共に、様々な解脱様式(娯楽)としての民族音楽があると思います。それら民族のもつ民族音楽は、それぞれの集団を取り巻く環境や集団形態、外圧状況によって様々です。今日はそういった民族音楽に着目してみたいと思います。
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2008年01月03日

夜這いが衰退したのなんで?資本蓄積編

何で「夜這い婚」は衰退したの?②』に夜這いが解体したのは、「資本主義の侵入、商品流通の社会構造の変革が根本的素因と思われる。」とあり、続けて
明治政府は、封建領主ですらしなかったような、まさに掠奪的地租を賦課して農村を荒廃に導いたのである。それは予定されたことで、いわゆる資本の原始蓄積、産業の資本造出のための手段であることは明らかであった。かくして土地を奪われた農民は都市へ流出し、産業資本のために安価な労働力を提供する貧民として定着する。
とあるが、具体的にはどのような地租で、資本蓄積はどのようにして行われたのでしょうか?地租改正は『何で「夜這い婚」は衰退したの?☆特別編☆』を参照してもらい、ここでは資本蓄積を見て行きましょう。貨幣制度の近代化および央銀行(日本銀行)の設立が大きくからんでいたのです。
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2008年01月02日

鏡餅は神と人々を繋ぐものだった。

新年二日目。皆様如何お過ごしでしょうか?
元日早々 飲み過ぎ 食べ過ぎで、すでにセーブしている方もいらっしゃるのでは?
:blush: :blush:
さて、正月と言えば「鏡餅」「注連縄」を始め、様々な祝いの儀式や飾り付けがありますね。
地域(共同体)によって形の差はあるものの、五穀豊穣や万物に感謝し神々にお供えものであったり(=鏡餅)、守り神(蛇)を模り悪霊を締め出す飾り付け(=注連縄)である等の意味は共通であった様です。
現代では、生活の変化によって形式だけが残り意味そのものが失われてしまいつつありますが、あらためて私達が辿ってきた精神性を考えてみたいと思います。
😀 😀 今回はその中でも「鏡餅」の意味や由来ついて紹介します。
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2008年01月02日

長男しか結婚できない(?)婚姻制度

新年になりました。 新たな次代にどんどん変化している世界、日本です。
ところで、世界中の民俗には様々な婚姻制度が有りますが、日本にも驚くべき婚姻制度が明治時代まで、あったようです。mrran さんの「結婚形態と生産形態(白川村等)」を読んで、もう少し調べてみました。

長男のみが嫁をむかえて一家の跡継ぎとなり、その他の男子は、実家に居候しながら好きな女性の家に通い、生まれら子供は女性の実家の一員とされました。家長夫婦と長男夫婦の直系家族を中心に、長男以外の男子,他家の長男の嫁とならなかった女子とその子供たちを取り組みながら、一家の人数が膨れ上がりました。最大例では、明治45年の明治末期に40人の家族が暮らしていたという記録があります。


カルチャー はっとりNO2より
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