RANKING
にほんブログ村 歴史ブログへ
NEW ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK

2008年01月01日

神々を崇めた「お正月」

あけましておめでとうございます。
「お正月」は、今やクリスマスの次に来る単なる「イベント」の感があります。が、本来の継承されてきた日本の儀式としての「お正月」とは、どの様な文化であったのかを調べてみました。
私も今まで、このような疑問を持った事がありませんでした。調べてみると、現代の市場社会の消費文化とは全く違った、自然に感謝しながら生きていた日本人を感じることが出来ました。
%E5%88%9D%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%87%BA.bmp
↓ポチッとお願い

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年12月31日

何で「夜這い婚」は衰退したの?☆特別編☆

こんにちは。
以前、3回にわたって、“何で「夜這い婚」は衰退したの?”をエントリーしたまりもです。こちら→
今回は、そのときに残った疑問、
食うに困る 都市へ出てゆくということになったのは何で
について書いてみたいと思います。
まずはこちら をポチッ とお願いします

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年12月30日

『ミトコンドリア・イブ』の単位は集団である!

%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%A0%E3%81%A8%E3%82%A4%E3%83%96.jpg
1988年、『Newsweek』誌の表紙を、黒人の‘アダムとイブ’のイラストが飾りました。
記録的な部数を売り上げたこの号は、その前年、アメリカのアラン・ウィルソンを中心とする分子生物学者が発表した論文を基に記事が書かれました。
アラン・ウィルソンのグループは、世界の出来るだけ多くの民族を含む147人のミトコンドリアDNAを解析→系統樹を作成し、現代人類の共通の遺伝的祖先がアフリカに存在したことを示唆したのです。
その後、マスコミによって『ミトコンドリア・イブ』という名前が付けられ、現代人はアフリカのたった一人の女性祖先に行き着くという誤解が生じています。
『ミトコンドリア・イブ』とは何なのか?今回は、分子生物学と人類学を繋ぎ、人類のアフリカ単一進化説の根拠となっているミトコンドリアDNAについて追求してみたいと思います。
応援お願いします

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年12月29日

日本と西洋、農村の違い


カルタに農奴をかける支配階級
今回は、日本と西洋の農民の暮らしの違いに着目して見たいと思います。
産業革命前の時代ですが、同じ農村でも共同体の存続状況に決定的な違いがありそうです。
〈搾取されたヨーロッパの農奴と自立していた日本の農民〉より引用

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年12月27日

村の働き手~海女

ama16.jpg
今では婚姻と言うと男女がいっしょに住むことを当たり前のように想像しますが、婚姻関係を結んだあともしばらくの期間、または一生別々の家で暮らす形態があったようです。
しかもその理由を調べてみると、嫁が村の働き手として非常に重要な存在であり 、その意味で生家から”嫁”に出すことをしなかったようです。
今日は能登半島の北、日本海に浮かぶ舳倉島(へくらじま)の海女のことを書いた本からその様子を見てみたいと思います。
ポチッと応援よろしくお願いします。

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年12月25日

婚姻形態と生産形態(白川村等)

shirakawa111.jpg
一対婚と夜這いの併存形態(白川郷)
で白川郷の夜這い(婚姻形態)を紹介していますが、今日はそれに関連して農村部における婚姻形態(嫁取りの位置づけ)となるヒントを紹介します。
突然ですが“テマ”って何のことを指していると思います?
実は“テマ”とは“嫁”のことなんです!
なんで嫁のことを“テマ”って言うんでしょうかね?
続きは↓これをクリックしてから進んでね!

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年12月23日

セム語の起源を比較言語学により探る

セム系部族社会の形成調査機関ビシュリ山系北麓ケルン墓サーベイで、セム系部族社会が紹介されていますが、戦争の起源父系社会の起源を探る意味でも、中東(西アジア)の初期遊牧文化を解明する事は、重要な意味を持つものだと思います。
未だ未解明な部分の多い初期遊牧民と思われるセム系部族社会ですが、北メソポタミア山麓地帯の南方・ジャジーラ地方から、東と西に展開したセム系部族社会の形成過程を、見ていくことで様々な実体が掴めてくるように思われます。
今日は、セム系部族社会の実体を掴む上で、セム系言語について、
<セム系部族社会の形成>サイトより、【比較言語学から見たセム語の起源】 池田 潤(筑波大学大学院人文社会科学研究科)
より、セム系言語の起源について、要約して紹介したいと思います。
img01.gif

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年12月22日

警戒心のなかった時代

国柄探訪:幸福なる共同体を創る知恵 リンクに、日本人の共同体質=縄文体質を表した事例がありましたので、引用させていただきます。
■1.「地球上最も礼儀正しい民族」■
フランスの青年貴族L・ド・ボーヴォワールは、明治維新の前年、慶応3(1867)年に、世界一周旅行の途中で日本に立ち寄り、横浜から江戸、箱根などを回った。
その見聞録『ジャポン1867年』の中に、次のような一節がある。
われわれが馬からおりるとすぐに、二、三人の娘がやさしく愛らしくお茶と飯を小さな椀に入れて持ってくる。老婦人が火鉢と煙草をすすめる。
他の小径(こみち)を通ってやって来た日本人の旅人も、われわれと同じように歩みをとめる。
彼らはわれわれに話しかけるが、たいそう愛想のよいことをいっているに相違ない。
当方としては彼らの美しい国をどんなに愛しているかを伝えられないことが残念であった・・・
それから一同は再び出発し、湾の奥深い所に見える遠い村まで下りていく。—-そこでは、これはどの道を通る場合も同じだが、その住民すべての丁重さと愛想のよさにどんなに驚かされたか、話すことは難しい。「アナタ、オハイオ」(ボンジュール、サリュ)、馬をとばして通り過ぎるわれわれを見送って、茶屋の娘たちは笑顔一杯に叫んだ。
・・・思うに、外国人が田舎の住民によってどのように受け入れられ、歓迎され、大事にされるかを見るためには、日本へ来て見なければならない。
地球上最も礼儀正しい民族であることは確かだ。[1,p46]
なんとも言えずあったかく、おもわずこちらも微笑んでしまいそうになりますね。
そんな、「微笑」にまつわる事例は、ポチッとしてからお読みください。

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年12月21日

戸籍制度に見る東洋と西洋の違い

1-4-1.gif
奈良正倉院に残る最古の戸籍“大宝二年御野国加毛郡半布里戸籍”


タイトルに「東洋と西洋の違い」とは書いてみましたが、実は国民の身分関係を明確にするための戸籍制度を採用しているのは日本、韓国、台湾だけです。他の国は個人の履歴をどのように管理しているのかというと、欧米では個人毎の登録を基本として、さらに出生・婚姻・死亡などの「事案」別に分類されるのが一般的のようです(リンク)
アメリカも個人登録で、ある州で結婚すれば、式を挙げた教会がその州へ届けてくれる。また、別の州で出産すれば、赤ちゃんを取り上げた病院がその州へ届けて把握されるのみ。(こんなので上手く管理出来るのかとも思いますが、実際に相続人の追跡などにかなり支障があるようです。)


東洋と西洋、登録手法にこのような違いが出来たのはどうしてなのでしょう。

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List 

2007年12月20日

ビシュリ山系北麓ケルン墓サーベイ

西アジアにおける初期遊牧文化を解明する研究成果が報告されはじめている。まず、墓制に着目した藤井純夫金沢大学文学部教授の研究趣旨から。セム系遊牧部族の墓制に関する比較研究より 
(以下、抜粋)―――――――――――――――――――――――――――――
セム系部族社会の形成過程を解く鍵は、新石器時代の後半から青銅器時代にかけて成立した初期遊牧文化にある。このことは、よく知られている。しかし、この分野の研究はきわめて低調で、遺跡調査すら満足に行われていない。理由は二つ。
第一に、集落を形成する農耕民とは異なり、遊動生活を送る初期遊牧民の遺跡を確認することは、容易でないからである。
第二に、遺跡がうまく確認できたとしても、沙漠の中での調査には様々な困難が伴うからである。
そのため、セム系部族社会の原点とも言うべき先史遊牧文化(特に前・中青銅器時代の遊牧文化)の具体的な内容は今もって明らかになっておらず、定住都市・農村社会の側からの間接的な言及だけがほとんど唯一の手掛かりとなっているのである。この状況を打破しない限り、セム系部族社会の形成過程を解明することは困難であろう。

にほんブログ村 歴史ブログへ

▽続きを読む▽

List