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2010年05月06日

本格追求シリーズ2 世界婚姻史の構造解明(その1)「第6回 狩猟部族編」

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画像はこちらからお借りしました。
前回まで、採取(漁労・採集)部族の婚姻形態を、時代毎に追いかけてきました。自然外圧の低下により、乱交に移行したこと。人口増加、集団分化が進むと、婚姻形態も複雑に変化したこと。それは部族統合のためだったこと。など、その時々の状況に応じて、婚姻形態は工夫され、集団の基盤を成していたことがわかりました。
前回までの内容はこちらから。
第1回 プロローグ 
第2回 極限時代の婚姻形態
第3回 採取時代の婚姻形態 採取部族編1
第4回 採取時代の婚姻形態 採取部族編2
第5回 採取時代の婚姻形態 採取部族編3
世界各地の先住民事例と共に、婚姻形態の構造化を試み、紹介していますのでぜひご覧下さい。
採取部族の婚姻形態は、前回までで一段落。今日からは、採取部族とは別の道を歩んだ、狩猟部族の婚姻形態を見ていきたいと思います。
※、狩猟:食料や物資のため、野生動物(鳥類・哺乳類)を捕獲する行為のこと。


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2010年05月05日

日本語の成り立ち(文字編)11~殷の家族関係~

日本語の成り立ち(文字編)10~神話と呪術~に続いて殷の家族関係を、まず系図からみることにします。
image102.jpg殷の系図 →右図。クリックすると大きくなります。
第一系は神様で自然神が主。たとえば相土などは土地の神様、冥は暗黒という神様というように、天地の創成、日月昼夜の移り変わりを神話的な系譜として記したもの。
第二系から、大きな字は[史記]の殷本紀に書かれている系譜で、小さい字で横に書いてあるのが甲骨文に出てくる名だが、4万片ほどの甲骨文でこの系図は実証されている。
このように祖先の系譜とは別に神話があって、それが王統譜につながり組み込まれて、絶対王朝が生まれた
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2010年05月04日

本格追求シリーズ2 世界婚姻史の構造解明(その1)「第5回 採取時代の婚姻形態 採取部族編3」

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外圧の低い採集部族の婚姻形態は、総偶婚(乱交)→兄弟婚(班内乱交)→交叉婚(班外乱交)へと移行してきました。
採集部族の婚姻形態が、交叉婚に移行したのは、氏族集団の自己閉鎖性・自立性を、交叉婚により解消し、部族としての結束力を高めるためでした。
参照:
本格追求シリーズ2 世界婚姻史の構造解明(その1) 極限時代の婚姻形態
本格追求シリーズ2 世界婚姻史の構造解明(その1)「第3回 採取時代の婚姻形態 採取部族編1」
本格追求シリーズ2 世界婚姻史の構造解明(その1)「第4回 採取時代の婚姻形態 採取部族編2」
そしてその後、集団婚である交叉婚が徐々に崩れていきます。
今日は、この状況を追いながら、どうして崩れたのか?を考えて見たいと思います。
写真はこちら からお借りしました。今も残る妻問婚の参考にご覧ください。
モソ族(中国の母系社会・妻問婚)
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2010年05月01日

近代の現実とは何なのだろうか

【近代は何から開放されたのか】
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誰も気が付かない、誰もそれが当たり前と思っていることが、実は真っ赤なうそだったらどうなるだろうか。
しかし、現在の私たちは、歴史でこれが当たり前と教えられ、真実と思っていることがたくさんあります。しかし一歩引いてよく見てみると、今まで見えなかった(意識さえされなかった)ことが見えてきます。
今日はるいネットより、『「近代は身分支配から解放された時代」という嘘』を参照しながら、近代思想の欺瞞性について調べてみたいと思います。
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2010年04月30日

日本婚姻史2~その4:夜這いの解体と一夫一婦制の確立1

前回の『日本婚姻史2~その3:夜這(オコモリ)は女性から若衆への期待』では、かつての村落共同体では、女性の充足性が集団を存続させる活力となっているという分析を行いました。
オコモリに臨む女性は、「この子を一人前にする」という使命感、「わが子のように可愛い」という肯定視(母性)、「いてくれてありがとう」という感謝など等、「充足存在」と呼ぶにふさわしい心持であったのだと察します。若衆にとっても、そのような充足にあふれた女性は、年齢など関係なく大変魅力的に映ったことでしょう。(リンク
こうした『夜這い』のシステムが、なぜ戦後急速に衰退して行ったのでしょうか。夜這いが解体され一夫一婦制の確立していく過程を、今回から4回のシリーズで解明していきます。

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2010年04月29日

本格追求シリーズ2 世界婚姻史の構造解明(その1)「第4回 採取時代の婚姻形態 採取部族編2」

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前回(本格追求シリーズ2「第3回 採取時代の婚姻形態 採取部族編1」)は採取生産時代初期の婚姻様式を見てきました。
前回の内容を簡潔にまとめると、生産力発展→圧力の衰弱→ボス集中婚が崩れ乱交制へ→集団規模拡大により単位集団に分割していく中で兄妹婚(=単位集団内での乱交)が生まれた、と言うことだったと思います。
そして、今回はその後、兄妹婚がどのように変化していくかを見ていくことにしましょう。
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2010年04月27日

日本語の成り立ち(文字編)10~神話と呪術~

日本語の成り立ち(文字編)9~ト辞と殷王朝の風土・文化的背景~に続いて、神話と呪術について、文字形象を交えて紹介します。
%E6%AE%B7%E5%A2%9F.jpg神話は、自然的な世界、神々の世界、そして人間の世界の全体を一つの体系として語るもので、中国では王朝しかもっていない。
山東の龍山文化が、周辺の文化に促されながら、中央の覇権を目指して彩陶文化地帯を西進し、それぞれの文化をもつ民族との壮絶な戦いの上に神話が展開される。神話はあまりおとなしいところに生まれるものではない。
英雄的な、悲壮な運命の中で、闘い続けるいくつかの部族たちがいて、その中から自分たちの守護神としての神を作り出す。絶対的な力に依拠して、何とか自分たちの志を遂げたい、そういう野望の上に神話が成り立つ。
写真は殷墟博物館の車馬坑。こちらからお借りしました。
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2010年04月24日

日本婚姻史2~その3:夜這(オコモリ)は女性から若衆への期待

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画像はここからお借りしました。
前回の日本婚姻史2~その2:地域の教育組織「若衆」「若者組」「娘組」
ではオコモリと言う行事は村落共同体の男、女として一人前になる為のもので、「若者組」や「娘組」と言う教育組織に組み込まれていた、という内容です。
若者組は村落内の各種の労働、消防、夜警、警察、葬式などの役割を分担し、さらに入り会い林野や地先漁場の管理統制、氏神祭典行事の下請け、盆踊りなどを通じて、村落内における伝統的な行動様式の総体としての文化を受け継ぐという重要な役割を担っていました。ここでの主役は「男」です。
村落が「男」に対する期待は並々ならぬものだったことが分ります。
では「女」に対する期待や役割は何だったのでしょうか?
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2010年04月23日

『婚姻論』の史的価値とは

日本の婚姻様式は皆さんご存じの通り、一夫一婦制ですね。
また世界に目を向けると、一夫多妻制や一妻多夫制の様式もあるようです。
これらの婚姻様式は、近代になって確立したものが多く、人類500万年といわれる歴史の中では、ごくごく最近のことのようです。

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     一妻多夫(チベット)              一夫一婦

%E5%A4%A7%E5%A5%A5.jpg 日本でも一夫一婦制になったのは、明治以降のことであり、江戸時代の大奥などを見ると将軍は一夫多妻であったといえます。
このように長い歴史の中で、世界では様々な婚姻様式の変遷を繰り返しているのですが、それら『婚姻論の歴史』について調べているはずの文化人類学や社会人類学の学者が脚光を浴びるということもあまり聞いたことがありません。

          大奥
彼らのやっているはずの研究はどうなっているのでしょうか? 🙄
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2010年04月20日

日本語の成り立ち(文字編)9~ト辞と殷王朝の風土・文化的背景~

10.gif日本語の成り立ち(文字編)8~ことばから文字へ~において、
文字はもと神と交渉し、神をあらわすためのものであった。そしてそれは同時に、神の代位者である王の権威の確立を助けるものであった。
とあり、
日本語の成り立ち(文字編)7~漢字の起源~では、
文字(漢字)の起源は殷代における甲骨文字にある。
とあるので、
本稿では続いて、甲骨文字が作られた目的、つまり貞ト(ていぼく:うらない)および王の権威付けの在りようを紹介し、殷王朝の風土的・文化的背景を明らかにしたいと思います。
右図は、殷武丁期刻辞牛肩胛骨。東京大学総合研究博物館よりお借りしました。
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