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2008年07月04日

初期人類は骨を食べていた!vol.1

 <初期人類の生息環境は、豊か?or劣悪?>に続き、初期人類の食性に関して、『人はなぜ立ったのか?』『親指はなぜ太いのか-直立二足歩行の起源に迫る-』島泰三著に、初期人類の食性<初期人類は骨を食べていた>という非常に興味深い見解があったので、連作で紹介させて頂こうと思います。
島泰三さんは、特殊な手をもつアイアイの研究から、サルの口と手の形、移動方法は、その主食によって決定されていることに注目し、「口と手連合仮説」として、霊長類の手と歯の関連性に着目し研究されている方です。
みなさん、ちょっとご自分の手のひらをを見てください。そして手の力を抜いてみてください。すると霊長類の特徴である「拇指対向性」ゆえの指と手のひらのあいだに立体的な空間が現れると思います。実はここにも秘密が隠されています。
しかし、霊長類は一様に対抗しているわけではないのです。下の図を見ていただくとわかりますが、人差し指や中指が特殊な形をした者や、親指が退化したものもいます。
人類においては太い親指を持っています。人類ほど「親」と言われるほど太い親指を持った霊長類は少ないのです。

【親指はなぜ太いのか-直立二足歩行の起源に迫る-】島泰三著より転用
上図のように霊長類においても、様々な手の形をしていることがわかると思います。
「口と手連合仮説」によって初期人類が、なにを主食にしていたのか 500万年の過去へ旅をしてみたいと思います
まずは旅を始める前に、ぽちっと下のスイッチを押してから、先にお進みください。

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2008年06月28日

カヌーの民が渡ったサンゴ礁の島々 タヒチ

 今から遡ること二千数百年前、紀元前の時代に、古代ポリネシア人はなぜ、死の危険を冒してまで、カヌーで、数千キロにも及ぶ太平洋の大航海へと出かけていったのか。
また、海図も磁石もない時代に、なぜこのような大航海が可能だったのでしょうか。


ナショナルジオグラフィックの6月号に興味深い記事があったので紹介します。

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記者は最初、『南太平洋に浮かぶ、このような美しすぎるさんご礁に囲まれた島々が、古代ポリネシア人をも深く魅了し、同時に水平線の遥か彼方に存在するであろう道の島々への強い憧れを抱かせ、そして実際に彼らは危険を冒してまで、数千キロ単位の大航海へと旅立っていったのだと確信した。』と書いていますが、実際に人々が命がけの危険を犯すのは好奇心や憧れといった曖昧な理由ではなく、止むに止まれぬ理由があったようです。
古代ポリネシアの人々が命がけの大航海を行なった理由に興味をもたれた方は、
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2008年06月17日

哺乳類の群れ社会の原型は、メス(母親)とその娘を核にした母系的な結びつき

  『霊長類学の家族の起源』シリーズ
『初期人類をとりまく外圧状況下で、父系的な家族は成立しないのでは?』
初期人類は「母系か?父系か?」が話題になっていますが、初期人類の集団を追求するために、まず哺乳類の群れ社会はどのようなもので、それがどのような過程を経て形成されたのか?に迫ってみます。
さすがに歴史を戻して確かめることは出来ないので、現在生息する哺乳類のなるべく小さなグループや群れに焦点をあてて、その構成と個体間の関係に注目して、群れ社会の成立過程を追跡してみます。
哺乳類の群れ社会をみると、一部を除き哺乳類の群れ社会の原型は、メス(母親)とその娘を核にした母系的な結びつきであるといえるようです。人の社会の原型が一夫一妻にあると考えがちですが、哺乳類全体の検証からは、一夫一妻を原型とした社会進化はかなり特殊な事例であることを示しています。
以下、『哺乳類の生物学4~社会』(三浦慎吾著、東京大学出版会 1998)より抜粋引用して、紹介します。
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2008年06月12日

家族・婚姻に関する人類学の系譜1

本ブログでは現在、「家族の起源」について、霊長類学の分野でどのように考えられているのかがテーマになっています。これまでの投稿は、 、 、 、 にまとめられており、現在も追求が継続されています。
今回は霊長類学の議論と平行して、文化人類学・社会人類学と呼ばれる分野で、家族の問題がどのように考えられてきたのか、その系譜を整理してみたいと思います。
***********************************
■19C後半:社会進化主義
1859年に発表されたダーウィンの『種の起源』の影響を受けて、19Cの後半は、人類の社会形態についても、原初の時代から19Cの当時に至るまで連続的な発展段階を経て進化してきたと考えられていました。この考えを社会進化主義といいます。
J・J・バッハオーフェンの『母権論』(1861)、L・H・モルガンの『古代社会』(1977)がこの流れにあります。
モルガンは、アメリカ・インディアンの親族名称が欧米のものとは異なっていることに着目し、親族名称が過去の時代の家族の発展段階を表していると考えて、人類社会の進化モデルに取り組みます。その結果、人類社会は原始乱婚の時代から血族婚家族、母系の半血族婚家族(いずれも集団婚)を経て、私有財産制の発展に伴って父系制に転換し、最後に一夫一婦制からなる核家族に到ったという立場をとりました。

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2008年06月10日

都市化した日本における公共組織 「町内会」

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これまで、中世~近世の農村の共同体組織もしくは、共同体に準ずる組織について歴史をさかのぼりながら見てきました。
東洋と西洋 ~日本:惣村の崩壊から近世農村へ~ 
東洋と西洋 ~近世農村:「水」をめぐる共同体社会~ 
水利が育む日本の共同体性 
日本の共同体性を維持し続けた「用水組合」という仕組み 
それに引き続いて、今回は、明治時代以降のお話。開国後、近代国家として工業化や都市化を推し進めていく時代のお話です。

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2008年06月04日

初期人類の生息環境は、豊か?or劣悪?

先の、<霊長類学の家族の起源4 人類の進化ストーリー(2)>の山際寿一著『家族の起源 父性の登場』(1994年)の要約と、前回<初期人類にかかっていた外圧状況>で紹介した投稿文との相違を決定付ける【ボタンの掛違い】として感じられるのは、よりプラスの可能性を求め進化したと言う山際寿一さんの説に対し、紹介した投稿文は圧倒的な逆境ゆえに適応すべく進化したという真逆の史観に立っているということだと思います。
その起点となるのが、初期人類の生息環境は豊か環境に暮らしていたのか?それとも劣悪な環境に暮らしていたのか?という初期人類の状況認識の違いに起因していると思います。
生物学では恐竜が絶滅した為、生息域が拡大し、生物進化が多様化し進化したという様に、プラスの可能性を求め進化したという見方が強いと知人から聞きました。
果たして、その実体は、どちらの見方が論理整合するのでしょうか?事実と言えるのでしょうか?
山際寿一さんの追求も、現代社会が抱える様々な問題に答えるべき視点から、集団とは?家族とは?共同体とは?と答えを導き出さそうとされています。
これからのこのブログでの追求においても、初期人類の状況認識を改めて検証する必要があるのではないでしょうか?
るいネットに、【逆境⇒進化】の投稿があったので、紹介します。
みなさんどう思われます?
つづきの前にぽちっとお願いします。

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2008年05月31日

初期人類にかかっていた外圧状況

霊長類学の家族の起源4 人類の進化ストーリー(2)の山際寿一著『家族の起源 父性の登場』(1994年)の要約の中にある、
<1.初期人類にかかっていた外圧状況>で、描かれている状況がどうもしっくりきません。
主な違和感のポイントとしては、
・初期人類の生息環境は劣悪だったわけではなく、豊かに暮らしていた点。
・分配行動の変容が、住み慣れた森林から未知の草原へ足を向かせた点。

苛酷な環境で飢えに耐えながら必至に生きたのではなく、より豊かになるために草原を征服したという流れが、どうしても観念機能の獲得に到った人類の、凄まじい進化を遂げる流れとが、どうしても繋がらない感覚を覚えてしまいます。
この領域は、様々な事象からの推測の域を出られない問題ではあると思いますが、それ故に論理整合性が問われる問題だと思います。
論理整合性という点でしっくり繋がる投稿が、るいネットにあったので、いくつか紹介したいと思います。・・・少し長いですが、読んでみてください。
続きの前にポチッとしてもらえるとありがたいです。

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2008年05月29日

霊長類学の家族の起源4 人類の進化ストーリー(2)

霊長類学の家族の起源3 人類の進化ストーリー(1)に続いて、初期人類が家族を成立させたとの根拠を見ることにします。山際寿一著『家族の起源 父性の登場』(1994年)より。
700~500万年前、チンパンジーとの共通祖先から初期人類が分岐した当時の人類にかかっていた外圧状況と、
人類ははじめから特定の男女による配偶関係の独占傾向をもつ→しかし★乱交の危機から⇒社会学的父性と、インセストと外婚を一致させて家族を誕生させた」とする根拠を順に見ていきます。
応援よろしく  by岡

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2008年05月28日

日本の共同体性を維持し続けた「用水組合」という仕組み

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『水利が育む日本の共同体性』では稲作という常に「水」を必要とする日本の生活様式が農村の共同体性を育み続けたという話を紹介しました。
このような共同体性を語る上で欠かせない仕組みが「用水組合」です。この用水組合により、「水」を介して村内の人々の共同体性が維持されていただけではなく、村同士の繋がりにも大きく寄与していました。

今回は「日本農業の近代化過程における水利の役割 著者:玉城哲」より引用しながら、その辺りの話をしていきたいと思います。 

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2008年05月21日

「来訪神信仰」~「外者歓待の思想」

民間の習俗には、昔ながらの「神の嫁」の流れを示す生活があった。これが神社などの祭礼などに出てくる「一時上臈(いっときじょうろう)」とか「一夜官女(ひとよかんじょ)」とかいわれる女性である。
大嘗祭(大嘗祭)のときに「五節の舞姫」が舞を舞う。これなども、おそらく儀式化し、形式化する以前は、宴会と舞姫と、まれびとの間に行われた、聖なる結婚を意味する物であったろう。

「性の民族史」池田弥三郎著より
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つまり、日本文化では、祭りの折に、神と聖なる結婚をする巫女を「一夜妻」と呼んだという文化があったと言う。
さらに書籍の中に、折口信夫氏の「まれびと論」と書かれてあり、少し調べてみました。
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