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2010年10月02日

所有欲ではなく、共有による充足こそ人類の本質である

皆さんの子供の頃、周りに一人や二人くらい、自分がもらったものをすぐいろんな人に分け与えたがる子供っていなかったでしょうか。
せっかく自分がもらったものなのにそんなことしたらすぐなくなっちゃうから人にあげなくてもいいのに・・・。
などと、その子を見ながら思ったかもしれませんね。
翻って大人になった今、そういうことをする人はほとんど見かけません。
では、なぜ子供の頃、自分が持っているものを他人にもあげたがるという行為が生じるのでしょうか?
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今日は回りの子供たちの様子を思い浮かべながら、そのあたりを一緒に考えてみたいと思います。
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2010年10月01日

「本格追求シリーズ3 共同体社会に学ぶ子育て」14 近世農村の貰子、捨子

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前回の記事「本格追求シリーズ3 共同体社会に学ぶ子育て」13 江戸時代の家族形態と子育て意識の変化
http://bbs.jinruisi.net/blog/2010/09/000874.htmlに続き、江戸農村社会の子育てについて紹介します。
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2010年09月30日

共同体の原基構造-2~極限時代の外圧状況

『共同体の原基構造』に迫るシリーズの2回目です。前回は、私権体制の崩壊⇒共同体の時代が到来しているという状況認識の下、シリーズの課題意識を整理しました。
共同体の歴史は古く、それは人類の誕生と同時に始まり、約500万年前~私権時代に転換する約6000年前まで、実に500万年に亘る共同体の歴史があります。
本ブログでは、この有史以前(=人類史の99%を占める)の期間こそ、共同体の原基構造を解明する鍵となると考えます!
★人類はどこに住んでいたのか?
下の写真は、イスラエルのタブン洞窟です。最下層は100万年前のホモエレクトスの遺跡が発見されており、それ以降4万年前のネアンデルタール人の遺跡まで、連綿と初期人類が住み続けた洞窟です。
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【画像引用元】

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2010年09月24日

『市民皆農の時代へ』という考え方

現在の日本は、世界の市場経済の荒波の中でどのように生きていけば良いのでしょうか?
根本的な発想の転換として、「市民皆農」の提案があります。
就業機会が得られないという問題と、農民の高齢化で休耕地が増えているという問題を同時に解決できる。しかし最大の問題は、農業で生計を立てるのは結構難しいという現実です。
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ではどのような内容の提案でしょう?
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2010年09月23日

共同体の原基構造-1~極限時代に見る「人類の本性」

みなさん、こんにちは。
今回から、新シリーズ『共同体の原基構造』が始まりました。1回目は、本シリーズの課題意識、今後の予定などをお届けします。
なんでや劇場にて、

私権体制の崩壊⇒共同体の時代へ

また、

今後10年間は充足⇒活力を上げれば勝てる

など、新しい共同体の時代の可能性が提示されました。実際に、今、活力のある共同体的な企業がたくさん誕生し成果を上げているようです。
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では、なぜ今、『共同体の時代へ』という認識に可能性を感じ、その実現に向かって課題を突破しようと試みるのでしょうか?それは、それを実現しうる対象的な構造が既に現存のこの社会の内に実存しているからに違いありません。
その一つが『私権体制の崩壊』という状況認識と、人々の意識が’70以降の充足志向・安定志向⇒認識収束・課題収束の潮流が、いよいよ充足発の実現方針(⇒答えを出せる新理論)へと収束してゆこうという段階に入った、という状況認識であり、もう一つが、人類はかつて長い共同体の時代を経験しているという歴史認識です。
しかし、かつて共同体の時代があったからといっても、単純に次は共同体の時代へに移るわけではないはず、まして、以前の共同体に戻ることも出来ません。私権意識が衰弱し、それに替わって顕在化してきた『本源収束という意識潮流』『共同体の時代へ』を繋ぐ実現基盤があるはずです。
そこで、今回考えたいのが、「なぜ、今、『共同体』が可能性なのか?」であり、「私たち人類にとって『共同体』とは何か?」「その原基構造とは何か?」ということです。それが本シリーズの大きなテーマです。
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2010年09月19日

習慣や文化の継承とは(1)

皆さんこんばんは!
今まで 「日本人はいつ物を考え出すのか」 シリーズを5回に渡って紹介してきました。
ちなみに今までの内容は・・・
「日本人はいつ物を考え出すのか?」 (1) 共認充足が最大の活力源。’10年代はそれだけで勝てる
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(2) 学習観念が役に立たないのはなぜか?
「日本人はいつ物を考え出すのか?」(3) 騙しの破綻→特権階級は追い詰められている
「日本人はいつ物を考え出すのか」(4)力の原理の崩壊→米中欧崩壊で日本人は考え始めるか?
そこで今回はこの流れを受けて、
「習慣や文化の継承とは(1)」
という投稿を紹介したいと思います。
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2010年09月17日

集団を超えた、共認原理に基づく婚姻体制って過去にあるの?9~父方交叉イトコ婚~

集団を超えた、共認原理に基づく婚姻体制って過去にあるの?シリーズ。
に続いて、6はオーストラリアの限定交換7はビルマのカチン族の全面交換、そして8全面交換と購買婚まで見てきました。
今日は、親族の基本構造の第3の型(これが最後です)、全面交換父方交叉イトコ婚(父の姉妹の娘との婚姻)です。
父方交叉イトコ婚に入る前に、少し復習しておきます。
限定交換は、集団AとBが互酬的に交換する体系、つまり親族を二つの半族に分割する双分組織を土台にしているので、<私>から見て、父の兄弟の子供たちと母の姉妹の子供たち平行イトコという)は同じ半族に属し、逆に父の姉妹の子供たちと母の兄弟の子供たち交叉イトコという)はもう一方の半族に属します。
したがって<私>の婚姻の相手は、同じ半族に属す平行イトコではなく、もう一方の半族に属す交叉イトコとなりますが、その際父方と母方を区別しないので「双方交叉イトコ婚と称されます。
(※半族の下位に4つのセクション、8つのセクションに区分するケースがありますが、上記の「平行」と「交叉」の二分法は生きており、このなかをさらに近い親等と遠い親等を区分することで対応します。)
(※内婚ならともかく、外婚を取る以上「平行イトコ婚」は存在しないことになります。)
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2010年09月12日

日本人の可能性⑫~日本は亜細亜の図書館だった。

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シリーズ「日本人の可能性」。10回以上にわたってお届けしてきたシリーズも、今回が最終回です。
シリーズではこれまで、
①~日本人の基点「勤勉」は、充足発の女原理 
②~西欧と日本の階層意識の違い
③~西欧と西洋の民主制の違い
④~共同性がの差がもたらす東洋・西洋の観念体系の違い
⑤~日本人の持つ舶来信仰とは
⑥~”考えない日本人”のこれからの可能性はどこにあるか?
⑦~なぜ、日本一国が、侵略を免れたのか?(先兵ザビエルの到来)~
⑧~自然音を左脳で聞く日本人~
⑨~漢字が同化能力を伸ばす-1
⑩~漢字が同化能力を伸ばす-2
⑪~漢字が同化能力を伸ばす-5
と扱ってきました。
「日本人の可能性」と大きなタイトルを銘打ったわけですが、一連の記事の中で見えてきたのは一言で言うと「日本人は稀な存在である」ということかと思います。それは、今なお保持されている共同性であったり、肯定性であったり、同化体質であったり・・・これら本源性をベースとして、その上に独自の観念体系(端的な例が日本語)を塗り重ねてきている点によっています。戦後、欧米化する中で考え方が変わり、かなり見落とされてきていますが、私たち日本人が塗り重ねてきたことを見直そう、という訴えでもあったでしょう。
一方で、私たち日本人は、自分が属する小さな集団について考えることはあっても、広く「社会」をどうするか、ということは考えてこなかったという指摘もありました。縄文時代からこれまで、社会変革は度々起こりましたが、それは自発的に起こったものではない。独自の受け入れ体質を発揮して、外からの圧力に受動的に対応して(≒流されて)いった結果である、という指摘です。私たち日本人の「稀」な部分はこのような歴史事実によって形成されてきたわけですが、これから先、本当にそれで良いのか?という疑問は残ります。
そこで、今回は「るいネット」より『日本は亜細亜の図書館だった。』という投稿を紹介します。

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2010年09月10日

集団を超えた、共認原理に基づく婚姻体制って過去にあるの?8~全面交換と購買婚~

集団を超えた、共認原理に基づく婚姻体制って過去にあるの?シリーズ。
に続いて、はオーストラリアの限定交換、はビルマのカチン族の全面交換まで見てきました。
全面交換(母方交叉イトコ婚)は一見単純なように見えますが、限定交換にはない、じつに様々な問題を引き起こします。今日は全面交換が購買婚を引き起こすことを紹介したいと思います。
(ビルマ(ミャンマー)のカチン州の祭りで伝統衣装を着る人々。ここからお借りしました。)
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2010年09月09日

「本格追求シリーズ3 共同体社会に学ぶ子育て」13 江戸時代の家族形態と子育て意識の変化

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本来、子育てとは共同体の中で生産活動と共に行われていました。では、現在の家庭での子育ては、どのようにできあがったのでしょうか?家族形態はどう変化してきたのか?その中での子育て意識は?
今日は、『子宝と子返し「近世農村の家族生活と子育て」大田素子(藤原出版)』をもとに、江戸時代の豪農(在郷商人)の日記から、この流れを時代背景と共に押さえていきたいと思います。
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